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リーダーにとって最も大事なこととは?

理念が最も重要である。

これは、経営学のグルピーター・ドラッカーの言葉です。

私はピーター・ドラッカーが大好きで、

彼の哲学の虜になってはや20年が経過しようとしています。

今もドラッカーの言葉を信じ、その本質を実践で活かそうと試行錯誤しています。

 

彼は「非営利組織の経営」という名著を残しています。

その中で、非営利組織は、非営利故に「理念」が極めて重要だという事を言っています。

様々な書籍で「理念・ミッション」という話がでてきます。

でも何故でしょうか?今回はここから行きたいと思います。

 

何故、理念が重要なのでしょうか?そんなのどうでもいい。

単なるお題目はどうでもよくて、病院といえどもお金儲けが出来て、

「自分たちの給料が上がればいい、職員の幸せはお金である」

こう考えても不思議ではありません。

 

実はここだけの話、私自身も偉そうなことは言えず、

コンサルタント1年生の頃にどんな美辞麗句を並べても

意味がなくただ病院を儲けさせればいい、

それがコンサルタントに期待される事と思い込んでいました。(汗)

 

もちろん、お金儲けは大事ですし、お金がなければ職員も雇えません、

医療機器も買えないという事も事実です。

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間違ったリーダーシップの果てに

ですから、当然のことながらお金は大事と考えるのも無理のないことです。

しかし、少し考えてもらいたいと思います。

重要なのは医療機関にとつてお金を儲けるということが、

職員を導くための方向を示すことになるのでしょうか。

 

恐らく、医療機関の経営者がお金儲けだけを優先に考えているとしたら、

それはあまりに稚拙でしょう。

何故なら、医療ほど投資効率が悪い業種はないからです。

ハッキリ言って儲かりません。

人と設備に莫大な投資を必要として、その結果のリターンは極めて低い。

本当にお金目的の投資家であれば、金融や不動産に投資するでしょう。

誤解も甚だしいとはこのことです。

 

しかし、不思議なもので世の中事業が順調であればあるほど、

あらゆる企業が医療だ、福士だと騒ぎ始めます。

そして不景気になるととたんにその熱狂が冷めていきます。

 

日本がバブルの時に、大手メーカーはこぞって医療への参入を試みました。

しかし、バブルの崩壊とともに撤退していきました。

 

あの有名企業はなぜ失敗したのか?

最近では居酒屋チェーンのワタミが医療・福士への参入を行いました。

しかし、本業の居酒屋の経営悪化にともない、

医療・福士事業からの撤退を余儀なくされました。

「ワタミは2日、将来の中核事業の1つに据えていた介護事業を

損保ジャパンに210億円で売却」と報道されています。

 

実際にあった事をお話したいと思います。

ある時、私のところにあるメーカーが相談に来ました。

(現存するメーカーなので名前は公開できませんが)

その企業は地方の優良企業で、

主に工場やオフィスビルの設備関係を主力としていました。

ところが、日本の景気が停滞していて、ビルの着工件数が増えず、

また工場の設備投資も減ったために、事業が次第に頭打ちになってきました。

経営自体は悪くありませんでしたが、

これを契機に透析病院の設備関係に進出したいということでした。

 

そのメーカーの社長さんも真剣に私に協力を要請してきました。

私も協力を約束し、その会社の主たる職員の教育や、

マーケティングの支援を行いました。

最初は頑張って病院にも販売提案し、少

しずつ市場が拡大しはじめたその時です。

工場用の設備の市場が活況を帯び始めたのです。

 

そうすると、透析医療機関の市場など構っていられないという態度で、

透析医療機関への取り組みは放置されてしまいました。

現実的には透析医療からの撤退でした。

 

多くの透析医療機関、患者団体、学会を巻き込みながら、

進めてきたこの取組は一瞬にして水泡に帰すことになってしまったのです。

 

市場、取引先、職員の信頼が意味すること

恐らく、このメーカーは再び国内景気が悪化した時に

透析医療業界に再参入しようと甘いことを考えているかもしれません。

しかし、もはや2度と参入することは出来ないでしょう。

多くの医療関係者や患者団体の協力をとりつけてスタートしましたが、

まるで風見鶏のように態度をコロコロと変えてしまい、

人の信頼を裏切ることになってしまったからです。

 

透析医療からの撤退は、決して間違いではなく、

正解だったかもしれません。それは判りません。

但し、社内的には失敗でした。

多くの時間とコストがこの取り組みに費やされたからです。

多くの経営資源がリターンを生まないまま、浪費されてしまいました。

 

何故、このような失敗が起きたかのでしょうか?

それは、リーダーの方針がぶれたからに他なりません。

リーダーが舵取りを間違えると組織が大きければ大きいほど、

そのマイナスの幅は非常に大きくなります。

大きな方針を打ち出したのはいいですが、

それを短期間に否定してしまえば、職員はただ振り回されるだけです。

職員は心のなかで本当にこのリーダーについて行っていいのだろうか?

そして、ついてこうとは思わないのでしょう。

 

経済的な損失とともに、社外の信頼の低下、

職員からの信頼の低下など、

目に見えない損失が積み重なる結果になってしまいました。

 

経営方針は何故ぶれるのか?

経営の軸が明確かどうか?はこのように意思決定に大きな影響があります。

それでは、「ぶれない経営」「職員にとって納得感のある経営」

とはどのようなものでしょうか?それは、一貫性のある方針なのです。

それでは、その一貫性とはどこからもたらされるものでしょうか?

 

実は、それこそが理念の力です。

理念を大事にしていない組織は、大きな意思決定に一貫性がありません。

逆に理念を大事にしている組織は、

小さなことから大きなことまで一貫性があります。

 

だから、大きな失敗を未然に防ぐことができます。

それでは、理念とは何でしょうか?

理念とはその組織が本当に大事にしている、

普遍的な価値観のことだと思います。

時代が変わろうと、市場が変化しようと、

「自分たちはこれだけは大事にしていこう、こんな未来を目指そう」

という事ではないでしょうか。

 

耳障りの良い、抽象的な言葉に注意せよ

先ほど例に揚げたワタミがどのような理念を掲げていたでしょうか

ホームページで確認すると「地球人類の人間性向上のためのよりよい環境をつくり、よりよいきっかけを提供すること」

これ、一体何のことか判らない。全く実在感がありません。

 

居酒屋と何の関係があるのでしょうか?

単なるブラック企業との烙印を押されたことに対する、

株主への言い訳のようにしか感じられません。

これが職員の行動規範になるのでしょうか?

 

ならないから、こんな状況なのでしょう。

人の組織の事を言っている場合ではありません。

一度、経営理念を見直す、点検する、

理念がないのであれば、部下の方々と議論しながら作り上げては如何でしょうか?

ここから、新しい未来がスタートして行きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分と他人のモチベーションを上げる方法とは

最近、部下に言っているあることがあります。

それは極めて単純な事で、「ある言葉を唱える」ということです。

どんな効果があるかと言うと、「その言葉は魔法の言葉で1日の気分を変えてくれる言葉です」

こういうことを言うと、十中八九「櫻堂さん何となく胡散臭いです」とか

「あーとうとう」という反応すらあります(汗)。

でも、騙されたと思って一度やってみるのもイイです。

それは、「感謝する」という言葉です。その言葉を頭に浮かべて、

実際に声を出してみるのです。「感謝しています」と。

 

私のアドバイザーの一人もご自身で毎朝この言葉を唱えると言っていました。

たまたま、私も同じことをしていましたので、少々驚いたと同時に「やはり」

という気持ちになったものです。

 

思いを貯めて、困難な状況に立ち向かう

自分自身を振り返ってみると、このおかげで、日々何とか乗り切っているような気がします。

よく人からは

「櫻堂さん忙しいし、仕事は激務だし、経営者だからアップダウンはあるし、でもいつも冷静で心

穏やかですよね」と親しい人から言われます。

また、「激務の傍ら何で大学教授(客員)なんてしているの?」とも言われます。

話の中心は、常に枕詞のように「忙しいのに・・・何で?」です。

その理由ですが、何かものすごい大義があるわけではなく、

好きだから(コンサルタント、経営者、大学教授)の3つの草鞋をはいているだけです。

あえて言えば、昔読んだ本の中で、ピーター・ドラッカーが「知識労働者(ナレッジワーカー)

は、自らの知識を多様に社会のために役立てなければならない」という事を言っていたのが頭の中

に残っています。

そして、ドラッカーはサラリーマンの傍らNPOの役員をする等、単に収入を得る手段ではなく、自

分の知識や技能を社会のために提供する姿勢が大事だといっていました。

ピーター・ドラッカーの事を言いましたが、実はあとづけのような気がします。

単純に頼まれたからやっているだけです。大学の客員教授は、ほぼボランティアです。

あるとき、ヘルスケアを教えている女子学生が3人「櫻堂さんだ!久しぶりですね」

といいながら駆け寄ってきました。

少々戸惑いながら「やあ、元気ですか?」と応えました。

何でそんなに嬉しそうな顔をしているのかも判りませんでした。

「面白かった、ありがとう」の言葉の力

そして、女子学生は口々に「櫻堂さんの授業面白かったです。ありがとう。また授業受けたいで

す」と感謝の気持ちを口にしてくれました。

正直これには「ジーン」ときました。私自身、感情表現が苦手というか、少々内気なために、あま

り表情に出すことが出来ませんでしたが、照れくさいやら、恥ずかしいやらで、

「4年生でまたクラスがあるからね」と言い残し、そそくさとその場を離れて行きました。

私の講義は、知識学習ではなく、ヘルスケアという領域を活用し基本的な思考力や創造力を高める

ことを目指した授業です。現在の大学のカリキュラムでは異質で多分に実験的です。

このため、試行錯誤を重ねていますので、学生にどれだけ貢献しているのか半信半疑の状態でした。

彼女たちの言葉で自らの仕事に自信を持つことができました。

それから、不思議なことにしばらくたってから、女子学生だけではなく男子学生からも、

「先生の授業面白かったです。とても参考になりました」という言葉を幾度となくもらいました。

何度こんなことを書いているかというと、

決して自慢したいからではなく(本当に)私に声をかけてくれた学生達の顔が輝いていたからです。

つまり、私ごときの講義でも「感謝」の気持ちを述べた学生は何となく気持ちがよかったんだと思います。

だから、それが顔に出てきたのだと思います。更に言われた当人も、大変嬉しかったですし、

モチベーションも高まりました。

 

ここが言いたい事です。「感謝する」行為、感謝の言葉を実際に口から発する行為が、

言葉を発する側、言葉の受け手、双方の気持ちを高揚させモチベーションを高めるパワーがあるのです。

 

凄いですよね。単なる言葉ですが。

信じられないかもしれませんが、一度試してみてはいかがでしょうか。

 

ノーリスクですから。

 

こんな事を考えながら、今朝も「全てに感謝」しながら職場に向かいました。

 

 

 

 

プロを極める方法とは?

プロを極める方法とは?

櫻堂です。このメルマガを読んでいただいている皆さんに、

どうしても伝えたいことがあります。

かなり重要な話です。判る人には判る、判らない人には判りませんが(汗)

 

私が定期的に訪れる、和食のお店があります。

頻繁ではありませんが、時々、訪れるお店でした。

いつも、一人で訪れていましたので、店主も手持ち無沙汰の私を見て、

一言二言話しかけてくれるようになりました。

(うちのスタッフに言わせると、一人で行くって変とのことですが)

だんだん打ち解けていって、次第にビジネスの話に移行していきました。

 

次第にこのお店の事が好きになり、時々利用させて頂いています。

店構えは、カウンターと座敷が3部屋のそれほど大きくないお店です。

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和食店から学んだプロの考え方

どうしてこのお店が好きになったかというと、それは圧倒的な素材の質です。

板前さんがどれほど技工をこらしたところで、

素材が悪ければ良い料理とは言えません。

和食は太古の昔から、素材を活かす料理といわれてきました。

お客様に出す料理の素材の選び方も料理人の腕の見せどころなのです。

このお店は、とびっきりの素材を活かした料理を繊細且つ

豪快に出してくれる。

そのバランス感は素晴らしいものがあります。

 

これほどのバランス感覚、これほどの塩梅、これほどの素材感で

食べさせてくれるお店に

私はこれまで出会ったことがありません。

決して安い店ではありませんが、リーズナブルです。

 

この素晴らしいアウトプットをたたき出す店主のプロデュースする能力、

プロとしての能力、に感服しました。

あるときから、店主と私の会話はお店の運営の仕方、板前さんの質、

リーダーシップ、出店方法など、

正にマネジメントや戦略の話になっていきました。

 

一流の和食店で、しのぎをけずる世界。

ここで生き残るためには、一流の板前を揃えていく必要があります。

素材の質に板前の技術が融合し、質の高い料理が提供されるわけです。

 

 プロフェッショナルの条件とは?

板前の世界はどうなっているのか?と常々疑問に思っていたこともあり、

先日の事ですが何気なく「ところでプロフェッショナルって何でしょうね?」

とこんな質問をしました。

 

(店主)我々の世界では、板前は技術職で料理のプロです。

プロの役割は常に一定の質を維持すること。維持し続ける事がプロの条件です。

ものすごく良い時もあれば、その反面ものすごく悪い時がある、

上下が激しい板前はプロとは言えません。

 

つまり、同じ板前でも全員がプロというのではなく、

プロと認定されるためには、

常に一定の質を維持するのがプロの定義ということでした。

 

(櫻堂)なるほど、それではプロの中のプロとはどんな人でしょうか?

例えばプロの中でもレベルがあると思いますがプロの中のプロとはどん

な人でしょう?

(店主)料理は板前同士の協働作業です。さきほど話した通り、

常に一定の質を供するプロがチームで作業をすれば、

一定の質の料理を保障することが出来ます。

 

しかし、それではダメです。

それだけでは、お客さんの満足を引き出すことは出来ません。

 

(櫻堂)うーん なるほど。

技術だけではなく、お客さんのニーズに合ったものをお出しすること

が重要なわけですね。

 

(店主)その通りです。お客さんの満足を引き出すためには、

常にお客さんの事を気にかけていなければ

ならないのです。

そのお客さんが何を望んでいるか?ということを

お客さんは話をしてくれません。

 

お客さんは何を感じているのかを敏感に察知しそれを

突き詰めて考えていく。

 

こんな姿勢が、必要です。

 

プロの中のプロとはそういう人の事です。

 

 スキル・技術だけでは超えられない壁

このことを、医療の世界に置き換えてみてください。

 

プロとは一定の質を保つ技量を備えている人。確かにそうです。

 

しかし、プロ中のプロと、単なるプロの間には大きな壁があります。

 

プロの中のプロとは常に患者さんの事を考え続けられる人の事です。

 

技術・スキルはプロの条件であり、

 

技術・スキルが低い人はプロではありません。

 

しかし、技術・スキルがあったとしてもそれだけではダメなのです。

 

プロ中のプロになることが出来ません。

 

 あなたはプロ中のプロになれますか?

スキルを持った人とは工場で言えば熟練工、工芸でいえば、

 

経験の長い職人です。

 

極論をすれば、技術だけを追求する時期はあっていいと思いますが、

 

それではワーカー(作業員)の域を出ないということです。

 

患者さんの事を真剣に考えた時に、初めてプロの中のプロの意識が

 

芽生えてきます。

 

患者さんの事を真剣に悩みつづける事が単なるプロから昇華し、

 

プロ中のプロへの道が開かれるのです。

 

患者さんの事を考えた時に、初めてリーダーシップが生まれてきます。

 

そして、その時点であなたはワーカーからリーダーへとステージが

 

上がるのです。

 

 

 

 

 

 

教育するということ

教育することが必要な理由

人の作られ方を見てゆくと、

小学校から中学、高校、大学と学校で様々な事を学びます。

特に医療者は、その過程で専門的な技術と知識を学ぶコースが

あります。

そして、一般には会社に入って社会人になります。

実は、現在ここで大変な事が起こっているのです。

少子化や近年の教育でぬくぬくと育った若者たちは、現実の厳しさに

直面し、大変な混乱をきたし、精神に変調を来したり、うつ病と診断されたり

と社会適応が出来ない状況が起こっています。

企業は、この状況に対応するために必死で職員を育成する必要性に迫られています。

家庭や学校で教育されていなかった、「しつけ」や「人としての原理原則」といった事を

様々な形で教えようとしています。

本来、家庭や学校で教えなければならなかったことを企業が教えているのです。

ですから、急速に企業の中で人事や教育の重要性が脚光を浴びています。

さて、視点を医療界に移してみましょう。

医療の世界でも、全く同様の事が起こっています。

私が受け持っているMBAコースのヘルスケア授業の中で、大病院の総婦長が披露してくれた

エピソードが参考になると思います。

医療界の破壊的な出来事

ある大病院での出来事です。

その病院の総婦長(私の教え子です)が胆嚢結石で自分の病院に入院した時の事。

夜間に吐き気が襲い、居てもたってもいられなくなり、ナースコールを押して

ナースを呼びました。

その間も、猛烈な吐き気からトイレまで行く事ができず、ゴミ箱に頭を突っ込み、嘔吐

を繰り返しました。

若手のナースがくるやいなや「先生を呼んで頂戴!」と訴えたところ、

きょとんとして「何科の先生が良いのでしょうか?、今夜間なので病棟には整形外科の

先生しかいないのですが?」

と答えたというのです。

総婦長は、いきり立ち「誰でも良いから、先生を呼んで頂戴!」と叫んだとの事。

このケースを話しながら、総婦長は「先生、恥ずかしいお話ですが、こんな事が私の

組織の中で起きているとは思いませんでした。本当に人としてのあり方に疑問を持ちます」

「それだけではありません。看護部長の会議を主催していますが、その会議に平然と欠席する

看護部長がいるのです。その看護部長の欠席理由は、私にはワークライフバランスを保つ

権利がある。その権利故に会議の時間は私的なスケジュールがあるので欠席をする

という理由だそうです。

看護部長としての責任意識の欠如も甚だしく、私は頭を抱えています」

非常に有名な大病院の話です。総婦長の話しを聞くとこのようなケースは枚挙にいとまがない

という事でした。

恐らく、このようなケースはあなたの病院でも頻繁にあるはずです。事の大小はあれ。

さて、あなたならこの状況をどのように変えていきますか?

小さな問題が、仲間の不信をうみ、次第に関係性が悪くなって行きます。

問題行動のある人に期待しなくなります。レッテルを張り始めます。

ますます、その人は阻害されていきます。人と人の間に隙間ができ始めます。

これが、大きな問題に発展して行くのです。

打ち出の小槌「急がば回れ」

透析の医療機関では、一般的に限られた人数の職員しかいないことが散見されます。

したがってここに1人の人が辞める辞めると他の職員の負荷が強くなったり

優秀な職員が辞めると業務に穴があき困るといったことが起きます。

しかし重要なのは現状を変化させながらより良い医療を作り上げたい、よりよいサービスを作り上

げたい、といったリーダーの思いそのものがまずは大事であるということなのです。

頭数の議論をすれば、看護師が何人、技師が何人、といった作業場の固定的な定数の

議論になります。

それではクオリティーの話はどこに行ってしまうのでしょう。

実はここ1番問題なのです。

高い基準を設けたら、人がやめてしまう。厳しい事言ったら人がやめてしまう。

これが怖いために、不適切な人であってもガマンしながら雇用し続ける。

こうすることによって、確実に質が低下していきます。しかしこれによって1番迷惑を

被るのは患者さんです。

医療の1番の欠点は、ミスを専門家が隠せることにあるといわれています。

つまり患者さんは表面的なことしか判りません。

ですから、人が辞めると患者さんは寂しい気持ちになります。寂しい気持ちになりますから、

場合によっては組織批判が起こります。

しかし、ここで引き下がってしまえば、元の木阿弥で、二度と質を上げようとする

組織行動は起こらないでしょう。

こう考えると、医療のクオリティをあげていくのはまさにリーダーの責任であるわけです。

そのためには質の伴わない人ガマンして雇い続けるのではなく、リーダーがアクションし

教育を提供し続けるということが非常に重要になります。

育てていく姿勢そのものが大事であるわけです。

しかも重要なのは今や、スキルの教育ではなく、

人としての教育、人格の教育こんなところに重点置きながらゆっくりとそして

着実に育てていくと

いう行動そのものが大事なのです。

時間はかかるのですがこれが着実な方法です。

そこには実は継続性あるシステムの構築というご褒美があります。

透析医療の組織論

今回は、リーダーが指し示す方針によって、成果の考え方が異なり、その結果サービス

が良くも悪くもなるという事をお話しします。

それだけ、リーダーが組織に与える影響が大きいという事です。

レストランの物語

あるとき、時々利用するイタリアンレストランのオーナーと話をする機会がありました。

 

私の悪いクセというか、コンサルタント、研究者という立場から直ぐに質問を始め

てしまうのは習性でしょうか。

このレストランは、長い事同じ場所でレストラン業を営んでいて、ひいきのお客

さんが常時利用しているというお店でした。

 

オーナーと話をしているうちに、どんなビジネスでも基本は同じだと思いました。

 

よもやま話の果てに、私は突然「客数が大事なのか?それとも常連客が大事なの

か?」という質問をしました。

「ところで、オーナーはどういう考え方なの?」と私が問いかけると、

 

「私は完全に専門店指向です。従って、出来るだけ顧客を絞り込み、

 

最高の質の料理とワインそしてサービスを提供するように心がけます。

 

馴染みのお客さんを増やしたいと考えています。

 

確かに顧客の数が増えるのは嬉しいのですが、

 

結局サービスの質を落とさざるを得ません。

 

常連さんに迷惑をかけてしまいます。

 

一時、スタッフ数を増やしました。

 

美人の女性スタッフを入れたところ、新しいお客さんの数が増えました。

 

その結果、客数は急速に増えたのです。

 

そのときは、店始まって以来の盛況で売り上げも信じられないくらい伸びました。

 

しかし、長くは続きませんでした。

 

お客さんの数が頭打ちになってきたのです。

 

冷静になってよく考えて見ると、むやみやたらと売り上げの増加だけを目指して、

 

顧客のサービスが落ちてきていたのです。

 

本当は、あれもやってあげたい、これもやってあげたい、

 

しかし多くのお客さんがつめかけ、充分にサービスを提供できていない。

 

面倒な料理は省こうとする。メニューにまで影響がでてくる。

 

これは、私の本意ではないと考え始めました。

 

そして、マネージャーとしては非常に悩みました。

 

売り上げが上がる事はお店の成長を意味します。

 

売り上げが上がれば、職員の給料を上げる事が出来る。

 

新しいスタッフを雇う事も出来る。

果たして、売り上げを放棄することが正しい事なのか?

 

目の前の売り上げをみすみす逃す事が、

 

マネージャーの姿勢としてどうなんだろうかと。

 

しかし、彼はこういいました。

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基本に戻り、それに従う

 

「私は決断しました。基本的な自分の立ち位置を決めて、それに従う事にしました。

 

いや、一般的には私の選択は間違っているかもしれません。

 

しかし、どうやら私にはそれが合っているようなのです」

 

これを聞いて私は「ウーン」と唸ってしまいました。

 

それと同時にオーナーの決断に共感したのです。

 

経営者はひとたび経営の道に入ると、成長と拡大を目指し始めます。

 

特段そこに理由などないのです。多くは、経営者の本能とも言えるべき習性です。

 

しかし、その経営本能に抗うことがどれだけの決断か、恐らくあなたならわかると思います。

 

そして、自らの習性に立ち向かうというのは、

 

知的レベルの高い人ではないと出来ない芸当です。

 

つまり、このオーナーは売り上げ至上主義を捨て、自らの原点である

理念に立ち返ったのです。

 

永遠の成長を追い求める愚かさ

よく考えてみてください。永遠の成長があるでしょうか?あり得ません。

 

それでは、どうするのか?という答えを考えるきっかけとして、

 

先ほどのレストランオーナーのエピソードをもう一度考えてみてください。

 

これまではスピード経営と言われてきました。

 

つまり、だれよりも早くだれよりも大きくなることが経営の目標だったのです。

 

しかし、それで皆幸せだったのでしょうか?

 

あるとき、私は日本有数の透析施設を訪問しました。

 

その病院は透析の患者数が500人以上と聞いていました。

 

非常に立派な病院で、正に建物と設備にお金をかけているという病院でした。

 

理事長とお会いし、ひとしきりお話をした後で、透析フロアを見学しました。

 

その時の光景を今でも忘れる事が出来ません。

 

非常に立派な建物なのに、透析部門ではベッドがそれこそ所狭しと並べられて、

 

環境もへったくれもありません。正直古い、汚い。リフォームしていない。

 

そして、それこそここは工場か?と目を覆うような光景でした。

 

その理事長は地域でも高額納税者として、有名だということでした。

 

この情景を目の当たりにして、私の理事長に対する尊敬の念は一瞬にして消えてなくなりました。

 

あなたは、このケースを聞いてどう考えますか?

 

患者数を500名も擁している医療機関だから立派でしょうか?確かにそういう考え方もありますね。

 

それでは、規模が大きければ良いのでしょうか?

 

もし、あなたが今の理事長の立場なら、どうしますか?

 

そして、私がいぶかったのは何故だと思いますか?

 

理事長が目指した物は何でしょうか?

 

つまり、古い成長モデルに従うととにかく売り上げの拡大と利益の拡大です。

 

売り上げを拡大するためには、とにかく出来るだけ多くの患者を確保する。

 

そして利益を上げるためには、限られた面積にたくさんの患者を詰め込む事が必要です。

 

言い換えれば効率化です。

 

そして、そこには徹底して金をかけないという方針です。

 

そうすることにより、始めて利益を産み出すことが出来るのです。

 

どんなに良い医療をやっても金が儲からなければしょうがない。

 

綺麗ごとではなく、利益こそが重要、利益を上げるのはマネジメントとしての責務です。

 

彼はそれに忠実に従った。何も間違っていない。彼にしてみれば、どこが悪いと言うのか?

 

ということでしょう。

 

これが、理事長の理屈です。

 

一見、筋が通っていますね。確かに利益を上げています。悪い事等なにもしていません。

 

法律に触れるようなこともしていません。

 

マネージャーとしての責任も全うしている。

 

いいじゃないですか?立派じゃないですか?

 

成長の罠

ここで少し考えてみてください。先ほど、成長モデルという話をしました。

 

理事長の考え方はこれに則っています。

 

しかし、レストランのオーナーはこの考え方とは全く違った方向性を持っています。

 

何が決定的に違うのでしょうか?決定的に違うのは、

 

一方は顧客のことを懸命に考えた戦略目標であるのに対し、

 

理事長の戦略は利益に集中した戦略目標です。

 

正しいとか?間違っているということではありません。

 

あなたや多くのマネージャーが成長病に罹患しているかもしれません。

 

成長しなければならないという強迫観念に攻め立てられている。

 

しかし、これだけははっきり言えます。

 

ビジネスの中心は供給側から顧客に移ってきているということです。

 

つまり、これからは誰を大事にするのか?決まっています。顧客です。

 

今は顧客革命が起きています。

 

顧客の重要性について、何度も指摘していますが基幹病院とのパイプさえ確立しておけば安泰と考えていま

 

せんか?あるいは、ただ送迎をして患者を囲い込みさえすれば安泰と考えていませんか?

 

顧客がビジネスを変えています。近年、様々な企業の不祥事がありました。

 

不二屋、赤福、吉兆、マクドナルド等等。本当に食品業界は混乱しています。

 

そして、不正が世の中に露出した途端に消費者は一斉に不買に走りました。

 

ある企業は倒産してしまいました。

 

顧客のパワーはそれほどまでに強大です。

繰り返しますが、いま世の中で起きている現象は顧客革命なのです。

 

テクニックだけでは超えられないもの

知識欲はいいのだが

クライアントや、私の教え子が所属している病院の話を聞く機会が時々あります。

その話の中で、最近気になる話題があります。

その気になる話とは、患者さんとの意思疎通がうまくいかない職員が多いという話です。そして、その数がどうも増加しているとの事です。

状況に対応が出来なかったり、患者さんに寄り添う事が出来ない看護師、

上から目線で、ともすると患者さんを見下した様な態度をとる技師、

患者さんの質問に真摯に答えないために、患者さんをいらつかせてしまう事務。

枚挙に遑がないとはこの事です。

資格をもっているというだけで、ある種の特権階級的奢りがある職員は確実にいます。

プロとしてのプライドは必要だと思います。そのプロとしてのプライドをはき違え、

奢(おごり)りとなるとどうでしょう?

人に対する配慮、誠実さ、謙虚さという日本人固有の美徳から遠ざかってしまいます。

私たちは、最近日本人の遺伝子の中の美徳を再確認したはずです。

奢りというマインドセットが何をもたらすのでしょう。

その思考態度が言動となり、患者さんのクレームに発展したり、結局はサービスの水準を落とす等

の元凶になっています。

 間違った学習と間違った結果の関係

つくづく思うのは、コミュニケーション、リーダーシップやマネジメントといったテクニックや

最新のノウハウを獲得し、それを実行に移したとしても何とも解決出来ないということが

多いという事実です。

例えば、患者さんとの対話あるいは同僚や上司との対話の中で

「よし今度は習ったテクニックを使って、コミュニケーションを良好にしよう」

と考えたとします。

その一時期は改善効果が見られるもしれません。

しかし、99%その効果が長続きしないのです

何故だと思いますか?

テクニックが古いから、

学習の仕方が悪いから、

習う人が間違っているから、

継続して学んでないから、

精神力が弱いから、

どれも違います。

私のクライアントの院長はコミュニケーション研修に職員全員に課し、

その研修を何度も実施してきました。

しかし、研修を受けて2日もすると、もう元に戻ってしまいます。

何度やっても同じ結果です。

こんな事をいやというほど経験した暁に、研修を辞めてしまいました。

諦めた院長は・・・

確かに、成果が上がらない研修に大金を投じるほど経営は甘くありませんから

院長の意思決定は正しいと思います。

それでは、何が原因でしょうか?

我々は、技術や知識の問題ではなく、「人間力」の問題だと考えています。

人には、自覚、想像、良心、意思という4つの人間独自の性質があると7つの習慣の

著者であるコビー博士は言っています。

この4つの性質を駆使すれば、人の内面に変化を起こす事ができます。

しかし、内面に訴えかることが出来ないあらゆる知識・技術は何も行動変化を

与える事ができないのです。だから結果が変わらないのです。

思えば、一般企業は入職時に1ヶ月〜3ヶ月という時間をかけて新人教育をします。

研修期間の間、読む、書く、聞くといった基礎的な事、職場のマナーや報告の仕方、

先輩や上司に対する配慮、仕事に立向かう姿勢、お客さんを迎える姿勢、等等、

様々な事を行って行きます。

もちろん製品の知識等もありますが、多くの時間を費やすのは

「人としてのあり方」についてです。

このような教育を積み重ねて行きます。

だから、人が成長します。

だから、人が創られて行きます。

「人間力」がキーワード

しかし、医療者は残念ながらこのような経験に非常に乏しいのが現実です。

病院という組織体においては、カリキュラムもなければ余裕もありません。

だから、その多くは悪く言えば放置状態が続いて行きます。

だからこそ、自分自身で「人間力」を高める努力をしなければならないのです。

自分自身でリーダーシップをとりながら、自分を成長させることが必要になります。

一見、遠回りのようですが、実はテクニックを習い憶えるよりもよっぽど早道なのです。