リーダーにとって最も大事なこととは?

理念が最も重要である。

これは、経営学のグルピーター・ドラッカーの言葉です。

私はピーター・ドラッカーが大好きで、

彼の哲学の虜になってはや20年が経過しようとしています。

今もドラッカーの言葉を信じ、その本質を実践で活かそうと試行錯誤しています。

 

彼は「非営利組織の経営」という名著を残しています。

その中で、非営利組織は、非営利故に「理念」が極めて重要だという事を言っています。

様々な書籍で「理念・ミッション」という話がでてきます。

でも何故でしょうか?今回はここから行きたいと思います。

 

何故、理念が重要なのでしょうか?そんなのどうでもいい。

単なるお題目はどうでもよくて、病院といえどもお金儲けが出来て、

「自分たちの給料が上がればいい、職員の幸せはお金である」

こう考えても不思議ではありません。

 

実はここだけの話、私自身も偉そうなことは言えず、

コンサルタント1年生の頃にどんな美辞麗句を並べても

意味がなくただ病院を儲けさせればいい、

それがコンサルタントに期待される事と思い込んでいました。(汗)

 

もちろん、お金儲けは大事ですし、お金がなければ職員も雇えません、

医療機器も買えないという事も事実です。

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間違ったリーダーシップの果てに

ですから、当然のことながらお金は大事と考えるのも無理のないことです。

しかし、少し考えてもらいたいと思います。

重要なのは医療機関にとつてお金を儲けるということが、

職員を導くための方向を示すことになるのでしょうか。

 

恐らく、医療機関の経営者がお金儲けだけを優先に考えているとしたら、

それはあまりに稚拙でしょう。

何故なら、医療ほど投資効率が悪い業種はないからです。

ハッキリ言って儲かりません。

人と設備に莫大な投資を必要として、その結果のリターンは極めて低い。

本当にお金目的の投資家であれば、金融や不動産に投資するでしょう。

誤解も甚だしいとはこのことです。

 

しかし、不思議なもので世の中事業が順調であればあるほど、

あらゆる企業が医療だ、福士だと騒ぎ始めます。

そして不景気になるととたんにその熱狂が冷めていきます。

 

日本がバブルの時に、大手メーカーはこぞって医療への参入を試みました。

しかし、バブルの崩壊とともに撤退していきました。

 

あの有名企業はなぜ失敗したのか?

最近では居酒屋チェーンのワタミが医療・福士への参入を行いました。

しかし、本業の居酒屋の経営悪化にともない、

医療・福士事業からの撤退を余儀なくされました。

「ワタミは2日、将来の中核事業の1つに据えていた介護事業を

損保ジャパンに210億円で売却」と報道されています。

 

実際にあった事をお話したいと思います。

ある時、私のところにあるメーカーが相談に来ました。

(現存するメーカーなので名前は公開できませんが)

その企業は地方の優良企業で、

主に工場やオフィスビルの設備関係を主力としていました。

ところが、日本の景気が停滞していて、ビルの着工件数が増えず、

また工場の設備投資も減ったために、事業が次第に頭打ちになってきました。

経営自体は悪くありませんでしたが、

これを契機に透析病院の設備関係に進出したいということでした。

 

そのメーカーの社長さんも真剣に私に協力を要請してきました。

私も協力を約束し、その会社の主たる職員の教育や、

マーケティングの支援を行いました。

最初は頑張って病院にも販売提案し、少

しずつ市場が拡大しはじめたその時です。

工場用の設備の市場が活況を帯び始めたのです。

 

そうすると、透析医療機関の市場など構っていられないという態度で、

透析医療機関への取り組みは放置されてしまいました。

現実的には透析医療からの撤退でした。

 

多くの透析医療機関、患者団体、学会を巻き込みながら、

進めてきたこの取組は一瞬にして水泡に帰すことになってしまったのです。

 

市場、取引先、職員の信頼が意味すること

恐らく、このメーカーは再び国内景気が悪化した時に

透析医療業界に再参入しようと甘いことを考えているかもしれません。

しかし、もはや2度と参入することは出来ないでしょう。

多くの医療関係者や患者団体の協力をとりつけてスタートしましたが、

まるで風見鶏のように態度をコロコロと変えてしまい、

人の信頼を裏切ることになってしまったからです。

 

透析医療からの撤退は、決して間違いではなく、

正解だったかもしれません。それは判りません。

但し、社内的には失敗でした。

多くの時間とコストがこの取り組みに費やされたからです。

多くの経営資源がリターンを生まないまま、浪費されてしまいました。

 

何故、このような失敗が起きたかのでしょうか?

それは、リーダーの方針がぶれたからに他なりません。

リーダーが舵取りを間違えると組織が大きければ大きいほど、

そのマイナスの幅は非常に大きくなります。

大きな方針を打ち出したのはいいですが、

それを短期間に否定してしまえば、職員はただ振り回されるだけです。

職員は心のなかで本当にこのリーダーについて行っていいのだろうか?

そして、ついてこうとは思わないのでしょう。

 

経済的な損失とともに、社外の信頼の低下、

職員からの信頼の低下など、

目に見えない損失が積み重なる結果になってしまいました。

 

経営方針は何故ぶれるのか?

経営の軸が明確かどうか?はこのように意思決定に大きな影響があります。

それでは、「ぶれない経営」「職員にとって納得感のある経営」

とはどのようなものでしょうか?それは、一貫性のある方針なのです。

それでは、その一貫性とはどこからもたらされるものでしょうか?

 

実は、それこそが理念の力です。

理念を大事にしていない組織は、大きな意思決定に一貫性がありません。

逆に理念を大事にしている組織は、

小さなことから大きなことまで一貫性があります。

 

だから、大きな失敗を未然に防ぐことができます。

それでは、理念とは何でしょうか?

理念とはその組織が本当に大事にしている、

普遍的な価値観のことだと思います。

時代が変わろうと、市場が変化しようと、

「自分たちはこれだけは大事にしていこう、こんな未来を目指そう」

という事ではないでしょうか。

 

耳障りの良い、抽象的な言葉に注意せよ

先ほど例に揚げたワタミがどのような理念を掲げていたでしょうか

ホームページで確認すると「地球人類の人間性向上のためのよりよい環境をつくり、よりよいきっかけを提供すること」

これ、一体何のことか判らない。全く実在感がありません。

 

居酒屋と何の関係があるのでしょうか?

単なるブラック企業との烙印を押されたことに対する、

株主への言い訳のようにしか感じられません。

これが職員の行動規範になるのでしょうか?

 

ならないから、こんな状況なのでしょう。

人の組織の事を言っている場合ではありません。

一度、経営理念を見直す、点検する、

理念がないのであれば、部下の方々と議論しながら作り上げては如何でしょうか?

ここから、新しい未来がスタートして行きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分と他人のモチベーションを上げる方法とは

最近、部下に言っているあることがあります。

それは極めて単純な事で、「ある言葉を唱える」ということです。

どんな効果があるかと言うと、「その言葉は魔法の言葉で1日の気分を変えてくれる言葉です」

こういうことを言うと、十中八九「櫻堂さん何となく胡散臭いです」とか

「あーとうとう」という反応すらあります(汗)。

でも、騙されたと思って一度やってみるのもイイです。

それは、「感謝する」という言葉です。その言葉を頭に浮かべて、

実際に声を出してみるのです。「感謝しています」と。

 

私のアドバイザーの一人もご自身で毎朝この言葉を唱えると言っていました。

たまたま、私も同じことをしていましたので、少々驚いたと同時に「やはり」

という気持ちになったものです。

 

思いを貯めて、困難な状況に立ち向かう

自分自身を振り返ってみると、このおかげで、日々何とか乗り切っているような気がします。

よく人からは

「櫻堂さん忙しいし、仕事は激務だし、経営者だからアップダウンはあるし、でもいつも冷静で心

穏やかですよね」と親しい人から言われます。

また、「激務の傍ら何で大学教授(客員)なんてしているの?」とも言われます。

話の中心は、常に枕詞のように「忙しいのに・・・何で?」です。

その理由ですが、何かものすごい大義があるわけではなく、

好きだから(コンサルタント、経営者、大学教授)の3つの草鞋をはいているだけです。

あえて言えば、昔読んだ本の中で、ピーター・ドラッカーが「知識労働者(ナレッジワーカー)

は、自らの知識を多様に社会のために役立てなければならない」という事を言っていたのが頭の中

に残っています。

そして、ドラッカーはサラリーマンの傍らNPOの役員をする等、単に収入を得る手段ではなく、自

分の知識や技能を社会のために提供する姿勢が大事だといっていました。

ピーター・ドラッカーの事を言いましたが、実はあとづけのような気がします。

単純に頼まれたからやっているだけです。大学の客員教授は、ほぼボランティアです。

あるとき、ヘルスケアを教えている女子学生が3人「櫻堂さんだ!久しぶりですね」

といいながら駆け寄ってきました。

少々戸惑いながら「やあ、元気ですか?」と応えました。

何でそんなに嬉しそうな顔をしているのかも判りませんでした。

「面白かった、ありがとう」の言葉の力

そして、女子学生は口々に「櫻堂さんの授業面白かったです。ありがとう。また授業受けたいで

す」と感謝の気持ちを口にしてくれました。

正直これには「ジーン」ときました。私自身、感情表現が苦手というか、少々内気なために、あま

り表情に出すことが出来ませんでしたが、照れくさいやら、恥ずかしいやらで、

「4年生でまたクラスがあるからね」と言い残し、そそくさとその場を離れて行きました。

私の講義は、知識学習ではなく、ヘルスケアという領域を活用し基本的な思考力や創造力を高める

ことを目指した授業です。現在の大学のカリキュラムでは異質で多分に実験的です。

このため、試行錯誤を重ねていますので、学生にどれだけ貢献しているのか半信半疑の状態でした。

彼女たちの言葉で自らの仕事に自信を持つことができました。

それから、不思議なことにしばらくたってから、女子学生だけではなく男子学生からも、

「先生の授業面白かったです。とても参考になりました」という言葉を幾度となくもらいました。

何度こんなことを書いているかというと、

決して自慢したいからではなく(本当に)私に声をかけてくれた学生達の顔が輝いていたからです。

つまり、私ごときの講義でも「感謝」の気持ちを述べた学生は何となく気持ちがよかったんだと思います。

だから、それが顔に出てきたのだと思います。更に言われた当人も、大変嬉しかったですし、

モチベーションも高まりました。

 

ここが言いたい事です。「感謝する」行為、感謝の言葉を実際に口から発する行為が、

言葉を発する側、言葉の受け手、双方の気持ちを高揚させモチベーションを高めるパワーがあるのです。

 

凄いですよね。単なる言葉ですが。

信じられないかもしれませんが、一度試してみてはいかがでしょうか。

 

ノーリスクですから。

 

こんな事を考えながら、今朝も「全てに感謝」しながら職場に向かいました。

 

 

 

 

プロを極める方法とは?

プロを極める方法とは?

櫻堂です。このメルマガを読んでいただいている皆さんに、

どうしても伝えたいことがあります。

かなり重要な話です。判る人には判る、判らない人には判りませんが(汗)

 

私が定期的に訪れる、和食のお店があります。

頻繁ではありませんが、時々、訪れるお店でした。

いつも、一人で訪れていましたので、店主も手持ち無沙汰の私を見て、

一言二言話しかけてくれるようになりました。

(うちのスタッフに言わせると、一人で行くって変とのことですが)

だんだん打ち解けていって、次第にビジネスの話に移行していきました。

 

次第にこのお店の事が好きになり、時々利用させて頂いています。

店構えは、カウンターと座敷が3部屋のそれほど大きくないお店です。

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和食店から学んだプロの考え方

どうしてこのお店が好きになったかというと、それは圧倒的な素材の質です。

板前さんがどれほど技工をこらしたところで、

素材が悪ければ良い料理とは言えません。

和食は太古の昔から、素材を活かす料理といわれてきました。

お客様に出す料理の素材の選び方も料理人の腕の見せどころなのです。

このお店は、とびっきりの素材を活かした料理を繊細且つ

豪快に出してくれる。

そのバランス感は素晴らしいものがあります。

 

これほどのバランス感覚、これほどの塩梅、これほどの素材感で

食べさせてくれるお店に

私はこれまで出会ったことがありません。

決して安い店ではありませんが、リーズナブルです。

 

この素晴らしいアウトプットをたたき出す店主のプロデュースする能力、

プロとしての能力、に感服しました。

あるときから、店主と私の会話はお店の運営の仕方、板前さんの質、

リーダーシップ、出店方法など、

正にマネジメントや戦略の話になっていきました。

 

一流の和食店で、しのぎをけずる世界。

ここで生き残るためには、一流の板前を揃えていく必要があります。

素材の質に板前の技術が融合し、質の高い料理が提供されるわけです。

 

 プロフェッショナルの条件とは?

板前の世界はどうなっているのか?と常々疑問に思っていたこともあり、

先日の事ですが何気なく「ところでプロフェッショナルって何でしょうね?」

とこんな質問をしました。

 

(店主)我々の世界では、板前は技術職で料理のプロです。

プロの役割は常に一定の質を維持すること。維持し続ける事がプロの条件です。

ものすごく良い時もあれば、その反面ものすごく悪い時がある、

上下が激しい板前はプロとは言えません。

 

つまり、同じ板前でも全員がプロというのではなく、

プロと認定されるためには、

常に一定の質を維持するのがプロの定義ということでした。

 

(櫻堂)なるほど、それではプロの中のプロとはどんな人でしょうか?

例えばプロの中でもレベルがあると思いますがプロの中のプロとはどん

な人でしょう?

(店主)料理は板前同士の協働作業です。さきほど話した通り、

常に一定の質を供するプロがチームで作業をすれば、

一定の質の料理を保障することが出来ます。

 

しかし、それではダメです。

それだけでは、お客さんの満足を引き出すことは出来ません。

 

(櫻堂)うーん なるほど。

技術だけではなく、お客さんのニーズに合ったものをお出しすること

が重要なわけですね。

 

(店主)その通りです。お客さんの満足を引き出すためには、

常にお客さんの事を気にかけていなければ

ならないのです。

そのお客さんが何を望んでいるか?ということを

お客さんは話をしてくれません。

 

お客さんは何を感じているのかを敏感に察知しそれを

突き詰めて考えていく。

 

こんな姿勢が、必要です。

 

プロの中のプロとはそういう人の事です。

 

 スキル・技術だけでは超えられない壁

このことを、医療の世界に置き換えてみてください。

 

プロとは一定の質を保つ技量を備えている人。確かにそうです。

 

しかし、プロ中のプロと、単なるプロの間には大きな壁があります。

 

プロの中のプロとは常に患者さんの事を考え続けられる人の事です。

 

技術・スキルはプロの条件であり、

 

技術・スキルが低い人はプロではありません。

 

しかし、技術・スキルがあったとしてもそれだけではダメなのです。

 

プロ中のプロになることが出来ません。

 

 あなたはプロ中のプロになれますか?

スキルを持った人とは工場で言えば熟練工、工芸でいえば、

 

経験の長い職人です。

 

極論をすれば、技術だけを追求する時期はあっていいと思いますが、

 

それではワーカー(作業員)の域を出ないということです。

 

患者さんの事を真剣に考えた時に、初めてプロの中のプロの意識が

 

芽生えてきます。

 

患者さんの事を真剣に悩みつづける事が単なるプロから昇華し、

 

プロ中のプロへの道が開かれるのです。

 

患者さんの事を考えた時に、初めてリーダーシップが生まれてきます。

 

そして、その時点であなたはワーカーからリーダーへとステージが

 

上がるのです。

 

 

 

 

 

 

教育するということ

教育することが必要な理由

人の作られ方を見てゆくと、

小学校から中学、高校、大学と学校で様々な事を学びます。

特に医療者は、その過程で専門的な技術と知識を学ぶコースが

あります。

そして、一般には会社に入って社会人になります。

実は、現在ここで大変な事が起こっているのです。

少子化や近年の教育でぬくぬくと育った若者たちは、現実の厳しさに

直面し、大変な混乱をきたし、精神に変調を来したり、うつ病と診断されたり

と社会適応が出来ない状況が起こっています。

企業は、この状況に対応するために必死で職員を育成する必要性に迫られています。

家庭や学校で教育されていなかった、「しつけ」や「人としての原理原則」といった事を

様々な形で教えようとしています。

本来、家庭や学校で教えなければならなかったことを企業が教えているのです。

ですから、急速に企業の中で人事や教育の重要性が脚光を浴びています。

さて、視点を医療界に移してみましょう。

医療の世界でも、全く同様の事が起こっています。

私が受け持っているMBAコースのヘルスケア授業の中で、大病院の総婦長が披露してくれた

エピソードが参考になると思います。

医療界の破壊的な出来事

ある大病院での出来事です。

その病院の総婦長(私の教え子です)が胆嚢結石で自分の病院に入院した時の事。

夜間に吐き気が襲い、居てもたってもいられなくなり、ナースコールを押して

ナースを呼びました。

その間も、猛烈な吐き気からトイレまで行く事ができず、ゴミ箱に頭を突っ込み、嘔吐

を繰り返しました。

若手のナースがくるやいなや「先生を呼んで頂戴!」と訴えたところ、

きょとんとして「何科の先生が良いのでしょうか?、今夜間なので病棟には整形外科の

先生しかいないのですが?」

と答えたというのです。

総婦長は、いきり立ち「誰でも良いから、先生を呼んで頂戴!」と叫んだとの事。

このケースを話しながら、総婦長は「先生、恥ずかしいお話ですが、こんな事が私の

組織の中で起きているとは思いませんでした。本当に人としてのあり方に疑問を持ちます」

「それだけではありません。看護部長の会議を主催していますが、その会議に平然と欠席する

看護部長がいるのです。その看護部長の欠席理由は、私にはワークライフバランスを保つ

権利がある。その権利故に会議の時間は私的なスケジュールがあるので欠席をする

という理由だそうです。

看護部長としての責任意識の欠如も甚だしく、私は頭を抱えています」

非常に有名な大病院の話です。総婦長の話しを聞くとこのようなケースは枚挙にいとまがない

という事でした。

恐らく、このようなケースはあなたの病院でも頻繁にあるはずです。事の大小はあれ。

さて、あなたならこの状況をどのように変えていきますか?

小さな問題が、仲間の不信をうみ、次第に関係性が悪くなって行きます。

問題行動のある人に期待しなくなります。レッテルを張り始めます。

ますます、その人は阻害されていきます。人と人の間に隙間ができ始めます。

これが、大きな問題に発展して行くのです。

打ち出の小槌「急がば回れ」

透析の医療機関では、一般的に限られた人数の職員しかいないことが散見されます。

したがってここに1人の人が辞める辞めると他の職員の負荷が強くなったり

優秀な職員が辞めると業務に穴があき困るといったことが起きます。

しかし重要なのは現状を変化させながらより良い医療を作り上げたい、よりよいサービスを作り上

げたい、といったリーダーの思いそのものがまずは大事であるということなのです。

頭数の議論をすれば、看護師が何人、技師が何人、といった作業場の固定的な定数の

議論になります。

それではクオリティーの話はどこに行ってしまうのでしょう。

実はここ1番問題なのです。

高い基準を設けたら、人がやめてしまう。厳しい事言ったら人がやめてしまう。

これが怖いために、不適切な人であってもガマンしながら雇用し続ける。

こうすることによって、確実に質が低下していきます。しかしこれによって1番迷惑を

被るのは患者さんです。

医療の1番の欠点は、ミスを専門家が隠せることにあるといわれています。

つまり患者さんは表面的なことしか判りません。

ですから、人が辞めると患者さんは寂しい気持ちになります。寂しい気持ちになりますから、

場合によっては組織批判が起こります。

しかし、ここで引き下がってしまえば、元の木阿弥で、二度と質を上げようとする

組織行動は起こらないでしょう。

こう考えると、医療のクオリティをあげていくのはまさにリーダーの責任であるわけです。

そのためには質の伴わない人ガマンして雇い続けるのではなく、リーダーがアクションし

教育を提供し続けるということが非常に重要になります。

育てていく姿勢そのものが大事であるわけです。

しかも重要なのは今や、スキルの教育ではなく、

人としての教育、人格の教育こんなところに重点置きながらゆっくりとそして

着実に育てていくと

いう行動そのものが大事なのです。

時間はかかるのですがこれが着実な方法です。

そこには実は継続性あるシステムの構築というご褒美があります。

忙しさから解放される方法とは?

あなたを解放する方法について教えましょう

あなたがどんな立場であれ、リーダーである以上、

非常に忙しい業務を強いられているでしょう。

そもそも何故、リーダーは忙しいのでしょうか?

それとも忙しいと感じているだけなのでしょうか。

忙しさの多くは、否応なしに不確実なことに対応しなければならないからです。

不確実なことへの対応は、非常にストレスがかかります。

ですから、かかった時間以上に疲れます。忙しさも人一倍です。

確実な対応ができる日常的な業務は、想定の範囲ですから、

すでに過去に起こったことや、常に経験していることです。

だから、楽々こなすことができます。

日々刻々と変化する状況に対応しなければ、組織が回らなくなってしまいます。

ですから、想定外の事に対して、誰かが対応しなければなりません。

その不確実な出来事に対応するのは、リーダーです。

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こう考えると、リーダーは大変です。

だからリーダーは疲れます。

責任もあります。

しかし、それと引き換えに「やりがい」や部下に比べて比較的高い給料をもらえているのです。

(ここのところ忘れがちなので、一度考えてみてください)

忙しさが加速度的に増え続ける理由

例えば職員の突然の病欠、

職員同士の諍い、

患者さんからのクレーム、

エアコンの温度をめぐってのトラブル、

指示受けのミス、

アクシデントの増加、

設備のトラブル、

職員の退職、

組織全体に漂うマンネリ化、等等。

非定型の仕事が頻発し押し寄せてきます。そうすると「イラっと」きますよね。

しかし、それは自分で吸収するしかない。

誰かにあたりちらしたいのは山々。

そうしている間に、仕事は山積みに。

ああ、時間ばかりかかって今日も処理できない仕事、そして仕事。

それが、毎週、毎月たまると何が起こるでしょうか?

以前、話しましたが条件反射的な仕事だけをこなすために、

じっくりと考えて作り上げる仕事が後回しになり、

その結果大事な事、重要なことが置き去りにされます。

大事な事は置き去り、些細なことが処理される

そして1月、半年、1年が過ぎ去る。

何も改善されない、問題はいつも解決されていない状態が続いていきます。

いま、ブログを書いていますが、そういう私自身もこれを書いていて

(いや、ちょっとマズいな!と自分自身反省しています)

自分の行動を再考するという意味でもブログはいいですね。おすすめです。

さて、話をもとに戻しますと、こんな状態を抜け出す方法について、考えたことがありますか?

その方法についてお話ししたいと思います。

諦める勇気が重要なわけ

それは、何が本質的に重要なのかということについて、つきつめて考える癖をつける

という事です。

その時点で何が本当に重要なのか、時間をとって考える。それを毎日毎日続けるという行動をとるという事です。

やらなければいけない事が10あったとします。

通常は10の事を処理するためにスケジュールを立てたり、

順番を入れ替えたりして対応しようとします。

これが一般的な対応でしょう。

しかし、ここで10の事を全くやらなかったら何が起こるのかを考えます。

何も問題がおこらないと考えられるのでしたら、やらないのです。

もし、10のうちつきつめて考えた結果、3つは本質的に重要だと思うのであれば

3だけをやるのです。

不器用な人が成功する理由とは?

残る7は?こんな疑問が生まれると思います。

その答えは、やらないのです。

しかし、時間軸で考えると、不要な仕事を10こなすよりも、本質的な仕事を3すれば、

そしてそれを続ければ本質的な仕事をし続けることになります。

別の言い方をすれば、やらない事を決めるのです。

全部やりたい気持ちを抑え、諦めるのです。

ここは、これまでのあなたの心情との葛藤になります。

一度これを続けてみてください。

Young People Jumping with Excitement on a Beach

 

毎日、本当に重要なことだけをやり続けると、重要な仕事が進み続けます。

その一方、やらないことによる反作用、

反発や小さな批判の数々を受けることになります。

しかし、よく考えるとそれは些細な事なのです。

だから無視し続ける事です。

これを意思決定と言います。これを決断と言います。

やらない事を決めて、やることに集中する。だから成果が上がるのです。

人間はそれほど器用な動物ではありません。

自分が器用だと思っている人は仕事を複数同時に行おうとします。

不器用だと思っている人は一つづつ仕事を片付けていきます。

どちらが早いと思いますか?

多くは、直列で仕事を一つ一つ片付けて行く方が早いということが証明されています。

本質論で考え、重要なことだけを行う。これだけで、多くの事は解決するはずです。

今年やり残したことがあると悩むのではなく、やらないことを選択しましょう。

きっと来年は良いスタートを切ることができるでしょう。

 

透析医療の組織論

今回は、リーダーが指し示す方針によって、成果の考え方が異なり、その結果サービス

が良くも悪くもなるという事をお話しします。

それだけ、リーダーが組織に与える影響が大きいという事です。

レストランの物語

あるとき、時々利用するイタリアンレストランのオーナーと話をする機会がありました。

 

私の悪いクセというか、コンサルタント、研究者という立場から直ぐに質問を始め

てしまうのは習性でしょうか。

このレストランは、長い事同じ場所でレストラン業を営んでいて、ひいきのお客

さんが常時利用しているというお店でした。

 

オーナーと話をしているうちに、どんなビジネスでも基本は同じだと思いました。

 

よもやま話の果てに、私は突然「客数が大事なのか?それとも常連客が大事なの

か?」という質問をしました。

「ところで、オーナーはどういう考え方なの?」と私が問いかけると、

 

「私は完全に専門店指向です。従って、出来るだけ顧客を絞り込み、

 

最高の質の料理とワインそしてサービスを提供するように心がけます。

 

馴染みのお客さんを増やしたいと考えています。

 

確かに顧客の数が増えるのは嬉しいのですが、

 

結局サービスの質を落とさざるを得ません。

 

常連さんに迷惑をかけてしまいます。

 

一時、スタッフ数を増やしました。

 

美人の女性スタッフを入れたところ、新しいお客さんの数が増えました。

 

その結果、客数は急速に増えたのです。

 

そのときは、店始まって以来の盛況で売り上げも信じられないくらい伸びました。

 

しかし、長くは続きませんでした。

 

お客さんの数が頭打ちになってきたのです。

 

冷静になってよく考えて見ると、むやみやたらと売り上げの増加だけを目指して、

 

顧客のサービスが落ちてきていたのです。

 

本当は、あれもやってあげたい、これもやってあげたい、

 

しかし多くのお客さんがつめかけ、充分にサービスを提供できていない。

 

面倒な料理は省こうとする。メニューにまで影響がでてくる。

 

これは、私の本意ではないと考え始めました。

 

そして、マネージャーとしては非常に悩みました。

 

売り上げが上がる事はお店の成長を意味します。

 

売り上げが上がれば、職員の給料を上げる事が出来る。

 

新しいスタッフを雇う事も出来る。

果たして、売り上げを放棄することが正しい事なのか?

 

目の前の売り上げをみすみす逃す事が、

 

マネージャーの姿勢としてどうなんだろうかと。

 

しかし、彼はこういいました。

HiRes

 

基本に戻り、それに従う

 

「私は決断しました。基本的な自分の立ち位置を決めて、それに従う事にしました。

 

いや、一般的には私の選択は間違っているかもしれません。

 

しかし、どうやら私にはそれが合っているようなのです」

 

これを聞いて私は「ウーン」と唸ってしまいました。

 

それと同時にオーナーの決断に共感したのです。

 

経営者はひとたび経営の道に入ると、成長と拡大を目指し始めます。

 

特段そこに理由などないのです。多くは、経営者の本能とも言えるべき習性です。

 

しかし、その経営本能に抗うことがどれだけの決断か、恐らくあなたならわかると思います。

 

そして、自らの習性に立ち向かうというのは、

 

知的レベルの高い人ではないと出来ない芸当です。

 

つまり、このオーナーは売り上げ至上主義を捨て、自らの原点である

理念に立ち返ったのです。

 

永遠の成長を追い求める愚かさ

よく考えてみてください。永遠の成長があるでしょうか?あり得ません。

 

それでは、どうするのか?という答えを考えるきっかけとして、

 

先ほどのレストランオーナーのエピソードをもう一度考えてみてください。

 

これまではスピード経営と言われてきました。

 

つまり、だれよりも早くだれよりも大きくなることが経営の目標だったのです。

 

しかし、それで皆幸せだったのでしょうか?

 

あるとき、私は日本有数の透析施設を訪問しました。

 

その病院は透析の患者数が500人以上と聞いていました。

 

非常に立派な病院で、正に建物と設備にお金をかけているという病院でした。

 

理事長とお会いし、ひとしきりお話をした後で、透析フロアを見学しました。

 

その時の光景を今でも忘れる事が出来ません。

 

非常に立派な建物なのに、透析部門ではベッドがそれこそ所狭しと並べられて、

 

環境もへったくれもありません。正直古い、汚い。リフォームしていない。

 

そして、それこそここは工場か?と目を覆うような光景でした。

 

その理事長は地域でも高額納税者として、有名だということでした。

 

この情景を目の当たりにして、私の理事長に対する尊敬の念は一瞬にして消えてなくなりました。

 

あなたは、このケースを聞いてどう考えますか?

 

患者数を500名も擁している医療機関だから立派でしょうか?確かにそういう考え方もありますね。

 

それでは、規模が大きければ良いのでしょうか?

 

もし、あなたが今の理事長の立場なら、どうしますか?

 

そして、私がいぶかったのは何故だと思いますか?

 

理事長が目指した物は何でしょうか?

 

つまり、古い成長モデルに従うととにかく売り上げの拡大と利益の拡大です。

 

売り上げを拡大するためには、とにかく出来るだけ多くの患者を確保する。

 

そして利益を上げるためには、限られた面積にたくさんの患者を詰め込む事が必要です。

 

言い換えれば効率化です。

 

そして、そこには徹底して金をかけないという方針です。

 

そうすることにより、始めて利益を産み出すことが出来るのです。

 

どんなに良い医療をやっても金が儲からなければしょうがない。

 

綺麗ごとではなく、利益こそが重要、利益を上げるのはマネジメントとしての責務です。

 

彼はそれに忠実に従った。何も間違っていない。彼にしてみれば、どこが悪いと言うのか?

 

ということでしょう。

 

これが、理事長の理屈です。

 

一見、筋が通っていますね。確かに利益を上げています。悪い事等なにもしていません。

 

法律に触れるようなこともしていません。

 

マネージャーとしての責任も全うしている。

 

いいじゃないですか?立派じゃないですか?

 

成長の罠

ここで少し考えてみてください。先ほど、成長モデルという話をしました。

 

理事長の考え方はこれに則っています。

 

しかし、レストランのオーナーはこの考え方とは全く違った方向性を持っています。

 

何が決定的に違うのでしょうか?決定的に違うのは、

 

一方は顧客のことを懸命に考えた戦略目標であるのに対し、

 

理事長の戦略は利益に集中した戦略目標です。

 

正しいとか?間違っているということではありません。

 

あなたや多くのマネージャーが成長病に罹患しているかもしれません。

 

成長しなければならないという強迫観念に攻め立てられている。

 

しかし、これだけははっきり言えます。

 

ビジネスの中心は供給側から顧客に移ってきているということです。

 

つまり、これからは誰を大事にするのか?決まっています。顧客です。

 

今は顧客革命が起きています。

 

顧客の重要性について、何度も指摘していますが基幹病院とのパイプさえ確立しておけば安泰と考えていま

 

せんか?あるいは、ただ送迎をして患者を囲い込みさえすれば安泰と考えていませんか?

 

顧客がビジネスを変えています。近年、様々な企業の不祥事がありました。

 

不二屋、赤福、吉兆、マクドナルド等等。本当に食品業界は混乱しています。

 

そして、不正が世の中に露出した途端に消費者は一斉に不買に走りました。

 

ある企業は倒産してしまいました。

 

顧客のパワーはそれほどまでに強大です。

繰り返しますが、いま世の中で起きている現象は顧客革命なのです。

 

成功する人としない人の違いとは?

人はそれほど賢くない

多くの企業は人が財産と言います。「人」と一括りにしますが、優秀な人も入れば、

劣等生もいます。

出来れば優秀な人たちで組織を固めたいと思うのはこれを読んでいるあなたも同じでしょう。

自分のチームや課に優秀な人ばかりであれば、と思っている人も少なくないはずです。

でも、ここでちょっと考えてほしいのです。

そもそも、優秀とは何なのか?

上司の言う事を聞いてくれる人なのか?

上司の指示に100%従う人なのか?

期待通りの成果を上げる人なのか?

人は何をもって、ある人の事を優秀と言うのでしょうか?

 

例えば、7つの習慣の著者のFranklin covy博士は、過去の環境と現在の環境をこのように比較しています。

過去の時代は、波のあまりたたない湖面のような状況で組織はその湖面を進むボートのようである。

その一方、現在は激流の中の川下り(ラフティング)のようなものと表現しています。

過去の時代はボートの先頭のリーダー(コックス)に合わせ、指示に従っていれさえすれば良かったのです。

 

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しかし、現在は激流の川下りの様相を呈しているために、クルー各自が自立的に動き、

それぞれがリーダーシップを発揮しなければならない時代だと言っています。

 

優等生が優秀とは限らない時代

 

このメタファーは、現代に求められるリーダーシップを非常にビジュアルに

表現していると思います。

これほどまでに端的な表現は無いと思いますし、その洞察力には脱帽です。

さて、どうして現在が激流なのか?

と言いますと、

時代のスピードが非常に速く、

技術革新、製品の普及、都市開発、また市場の拡大や消費者の変化、

グローバル化、情報技術の変化等が相乗的に起こる事により、

我々は常に立ち止まる事が許されません。

急激な変化、そして様々な要素が複雑に関係し、

需要の変容は情報化により増幅されてゆきます。

 

このような環境の変化の渦中に、

適時適切に対応できる人がいればそれは優秀と言えるでしょう。

そして、誰もが欲しがる人材でしょう。

 

しかし、残念ながら目当ての人はどうやら学校で優秀な成績を納めた人ではなさそうです。

学校の試験は常に正解を目指す競争のようなものです。

つまり、正解が存在するという点に注目してください。

例えば、マルバツだったり選択肢が示されていたり、その多くは記憶力の勝負です。

学校の成績優秀者というのは、試験問題を回答するという技術を習得している人です。

またその多くは記憶力に依存しています。

 

しかし、どうでしょうか?

残念ながら現実の社会では正解が存在しません。

不思議だと思うかもしれませんが、その時正解だと思って出した答えが、

実は正解ではなかったという事が往々にして起こります。

 

成功する人の行動パターン

ですから、本質的に優秀な人は成績優秀者とは限らないのです。

むしろ、この時代に優秀な人というのは、積極的に行動し、リスクを犯し、

行動から学び、結果から行動を修正できる人だと思います。

これまでのビジネスの進め方は、机上で調査し、仮説を作り、

最適なパターンを見つけてそれを実行に移すというものです。

しかし現在はこのような旧来のビジネスの進め方ではなく、

とりあえず行動し、

そして修正する。

また行動し、修正する

という事を延々に続ける事でしか成功を得る事が出来ない時代へと変容してきています。

この特徴は、失敗してもいいから、失敗を恐れず常に行動し続けるという事に他なりません。

勇気を出して行動する。

失敗から学ぶという事は、

違う言い方をすれば、自ら変容し続けるという事です。

 

自ら変容する事によってのみ、新しい知識や方法を身につける事が出来るのです。

あなたにその方法を教えましょう。

 あなたにその方法をお教えしましょう。

私は医療機関の経営改善を行っていて、いつも思うことがあります。

何で人は変わらないのか?

変わろうとしないのか?というテーマです。

確かにこれまで培われた考え方を変えることや、組織においてはこれまで作り上げたシステムを変

える事は、それほど簡単なことではありません。

ところが、そんな中でも我々は気がつかないうちに変化の渦中にいるのです。

世の中は急速に変化しています。

同様に医療を取り巻く環境はめまぐるしく変化しています。

憶えているでしょうか?

かつてサブプライム問題がありました。

そして東日本大震災がありました。

景気の長期低迷がありました。

食品偽装問題がありました。

最近では新たな病原菌(エボラウイルスやデング熱)が出現しています。

このように目の前に様々な大きな変化が訪れています。

しかし、我々は常に傍観者であり、外の変化は他人事なのです。

繰り返しますが、組織の外の世界では大きな変化が常におこり続けているという事です。

そしてそれは徐々に我々に影響を及ぼすということなのです。

組織はどうでしょうか?やはり、人と人の集合体である組織は変わることが出来ずにいるます。

ですから、組織というものはリーダーが誘導しない限り、変化を嫌う傾向にあるという事です。

外部の変化に対応できなければ、その組織は衰退し、死滅してゆきます。

それは歴史が証明しています。

 

目の前にある最大のリスクとは

多くの医療機関は、外部変化に無関心です。

それはリーダーが無関心だからです。そして気がつくと環境変化に取り残されてしまいます。

実はこれが経営では致命傷となります。

さてそれでは、例えばあなたが外部変化に気がついたとしましょう。(幸運な事に)

この変化を乗り切るためには、どうすれば良いのでしょうか?

この質問にあなたがどのように答えますか?

その答えは、変化を乗り切るための方法は、自らが変化するしかないのです。

組織も、

職員も、

システムも、

ビジネスモデルも

診療体制も、

患者取り扱い基準も、

診療方針も、

看護方針も、

そしてあなたの頭の構造も、

前提条件も、変化するしかないのです。

 

パワフルな変革への行動

私はこのような変化のことをイノベーションと位置づけています。

イノベーションというと古くは馬車が車に変わったように、

レコードがCDに変わったように、

固定電話が携帯電話に変わったように、

ハードウエアの変革を、しかも大胆な変化をイメージすると思います。

しかし、実は小さな変化でもイノベーティブなのです。

システムのイノベーションつまり、経営のイノベーションが実は組織にとっての

重要成功要因(KSF)なのです。

先ほど、変化するしかないと言いました。

それでは、変化をどのように起こすか?

それも適切な変化をどのように引き起こすのか?

このテーマについて考えてみましょう。

 

 ここに大きなヒントがあります。

あるとき、私のクライアントで2つの方法を試しました。

その1)これまでやってきた方法を変えずに、微調整を繰り返して目標に近づくといったやり方

その2)これまでやってきた方法を、大胆に変える。やりかたその物の前提条件を変え

る。

1)のやり方は細かい改善行動をつづけてゆくといったやり方です。

毎日の業務の改善を細かく積み上げる方法です。

改善行動で有名なのはトヨタ自動車です。

この方法の良いところは、職員にとってストレスがそれほど高くないということです。

最も軋轢、ノイズが少なく、職員に受け入れられやすい。

あなたは孤独になる必要もないし、皆も押し付けられたという感覚が少なく、心地よい。

2)のやり方は、全く新しいシステムや知識・技術にチャレンジすることになりますので、

大変な反発を生む可能性があります。

そして、リーダーはその状況を容易に想像することができるために、

恐怖心から実行に移すことができないということが起こります。

ここでちょっと考えてみてください。一体、どちらが良いのでしょうか?

その答えはあなたが見つけてください。

先日、カフェで原稿を書いていた時のことです。

そのカフェには銀行のATMが付属されていました。

いや、実際どこまでが銀行でどこまでがカフェかは全くわかりません。

カフェに銀行が付属されているのか?逆に銀行にカフェが付属されているのか?

全くわかりませんでした。

何と完全にカフェと銀行のATMが融合しているのです。

その銀行はそのカフェを顧客獲得のマーケティング店舗として活用しているのです。

カフェは日本の文化として確実に定着してきています。

以前は若者の「場」でしたが、若者ばかりでなく、サラリーマン、OL、主婦、

様々な人たちがそこに出入りしています。

多様な人達が集まる「場」を利用して、銀行がパンフレットをおいたり、

セールスを行っているのです。それも押しつけがましくない形で。

つまり、銀行はカフェを利用して

マーケティングの新たなビジネスモデルにチャレンジしているのです。

これを目の当たりにして、なかなか銀行もやるな、と思いました。

私が興味をもったのは頭こちこちの銀行員が(すみません偏見です)

こんな気の利いたアライアンス(提携)をしているという事実です。

どうでしょうか?あなたの周りを見回すと、

このような例は数多くあることに気がつくと思います。

このようなビジネスモデルの転換=イノベーション

があなたの面前で着実に実現しているのです。

物事は変化しています。

その変化について洞察を深めるのは経営者にとって重要な資質です。

あらゆるところにヒントがあります。

その変化に気がつくか、気がつかないかはあなたの心構え次第です。

そして変化を起こしてゆく事こそがリーダーにとって極めて重要な組織の生き残り戦略なのです

 

 

リスクを避ける行動が命取り

今年度から大学で「起業論」を教えています。

当初、学科長から「起業について学生に教えて欲しい」との要請をうけた時、

私自身が起業論を学問的に研究してきたわけではないのでお断りしようと 思っていました。

しかし、学科長の熱意に推されて学究的な資格はなく、

実務者としての 資格の片鱗はあるかと思い、

結果引き受けることに。

学生に貢献できるのであればと思い、授業を開始しました。

学科長は恐らく私自身が経営大学院で学んだキャリアから

私を選んだのだと思います。

しかし、実のところ世の中にMBAホルダーは沢山いますが、

決して起業する人は 多くないというのが実態です。

何故、MBAは起業する人が少ないのか?

卒業以来この事がずっと頭から離れませんでした。

何故、同級生達はせっかく経営学を専門的に学んだのに実践に生かさず、

卒業すると企業の中間管理職として戻って行くのでしょうか。

あるいは管理職として他社に転職するのでしょうか?

私の同級生の例では、起業している同級生は記憶しているだけでも 2人だけです。

何と80名中の私を含めると3名だけ。

この現実はどういう事でしょうか?

起業している人は極めて 少ないといった状況です。

数少ない起業組ですが、私自身、この10年間に2つの会社を興し、

それなりに経営しています。

(決して、立派な企業を作り上げたわけではありません)

しかし、ある時その理由が判りました。

会計顧問と話していたときの事。

「櫻堂さん、サラリーマンで高給をとっていたのに。 起業しない方がよかったんじゃない?」

会計顧問はこう言い放ちました。

確かに当時ある程度の給与を支給されていました。

(しかし、起業とは自分の生き方ですから、お金だけで比較する事はできないのです)

そうか?皆さんこのように考えていたのですね。

つまり、起業は損だ。起業はリスクに溢れている。

だから、危険な事をする人の気が知れない。

こう考える人が多いから、 そして合理的に考える人が多いから、

その結果、起業する人が少なかったのですね。

一方、授業の方はどうかというと、これが非常に良かったと思います。

集まっている学生が、そこそこ真剣な学生が多い。

その結果、私の方も次第に講義に投入する熱量が変化してきています。

未だ見ぬ世界を見る

実際に、講義では起業で苦労した事や、悩んだ事を話すと、

学生の目が違ってきます。

そこに、学問ではなく経験があるからでしょう。

つまり、聞き手は教科書をなぞる講義を聞きたいのではなく、

教師の体験を通して未だ見ぬ世界を見たいのだということに気がつきました。

経験してきた事、失敗してきた事を整理して判りやすく話すと、

学生は素直に聞き入っています。

失敗したことを話すと、学生に軽蔑されるのではないか?

と恐る恐る話しましたが、 それは全くの杞憂でした。

学生は、そこにある種の親しみを感じた様です。

決して軽蔑されませんでした。

どうしても、教師や演者は人から尊敬されるように 振る舞わなければならないと考え、

自分の知識の量を誇示したいと考えがちです。

しかし、そこに集中すればするほど、聞き手は興味を失って行く。

その人が、実体験として失敗した事、 そしてその経験から何を学び、

どのようにして復活したのか? ここに興味を示すのです。

誰しも失敗したときは落ち込み、悩みます。

失敗の数と失敗を積み重ねる事で堆積した失敗経験は、

「失敗知」としてその人に堆積して行きます。

そして経験や知識から導かれた人格の厚みを増して行く事になるのです。

失敗の経験を重ね「失敗知」を意識する

行動しなければ失敗をしません。

リスクを避ける行動をすれば失敗をしません。

何もしなければ多くの場合、失敗しません。

現状維持です。

だから失敗したくなければ、行動しなければ良いという事になります。

そして、行動しない人、リスクを回避してきた人は、失敗しないわけですから、

「失敗知」がリスクをとった人よりも圧倒的に少ないわけです。

「失敗知」が多ければ多いほど、次に同じ失敗を 繰り替えさないわけですから、

その結果、失敗の確率が減ります。 そして、成功の確率が高くなります。

ここが重要なポイントです。

取り返しのつかない失敗をした!

一見、頭の良い人は、賢い判断をしてリスクを避けてきたつもり

になりますが、 実は失敗の確率がジリジリと上昇してきているのです。

また、人としても薄っぺらい人格しか身に付かないということに なりかねません。

逆説的ですが、

成功したければ数多くの失敗をして 「失敗知」を早いうちに確立するべきなのです。

だから、リーダーは自らの失敗を恐れる必要はありません。

だから、リーダーは部下の失敗を恐れる必要はありません。

むしろ、積極的に失敗をするという姿勢が重要になります。

失敗する事が成功への近道なのですから。

「取り返しのつかない失敗をしたらどうするのですか?」

こんな声が聞こえてきそうですね。

そもそも、取り返しのつかない失敗とは何でしょうか?

それは、人の道に反する行動をとった場合の事でしょう。

人の道を外していないのであれば、取り返しのつかない 失敗などないのです。

だから、リーダーは勇気を持って行動する。

ここにつきます。 部下の行動を奨励する事です。

そして、 失敗から学びに変える事こそがリーダーの役割だと思うのです。

皆さんはどのように考えますか?

テクニックだけでは超えられないもの

知識欲はいいのだが

クライアントや、私の教え子が所属している病院の話を聞く機会が時々あります。

その話の中で、最近気になる話題があります。

その気になる話とは、患者さんとの意思疎通がうまくいかない職員が多いという話です。そして、その数がどうも増加しているとの事です。

状況に対応が出来なかったり、患者さんに寄り添う事が出来ない看護師、

上から目線で、ともすると患者さんを見下した様な態度をとる技師、

患者さんの質問に真摯に答えないために、患者さんをいらつかせてしまう事務。

枚挙に遑がないとはこの事です。

資格をもっているというだけで、ある種の特権階級的奢りがある職員は確実にいます。

プロとしてのプライドは必要だと思います。そのプロとしてのプライドをはき違え、

奢(おごり)りとなるとどうでしょう?

人に対する配慮、誠実さ、謙虚さという日本人固有の美徳から遠ざかってしまいます。

私たちは、最近日本人の遺伝子の中の美徳を再確認したはずです。

奢りというマインドセットが何をもたらすのでしょう。

その思考態度が言動となり、患者さんのクレームに発展したり、結局はサービスの水準を落とす等

の元凶になっています。

 間違った学習と間違った結果の関係

つくづく思うのは、コミュニケーション、リーダーシップやマネジメントといったテクニックや

最新のノウハウを獲得し、それを実行に移したとしても何とも解決出来ないということが

多いという事実です。

例えば、患者さんとの対話あるいは同僚や上司との対話の中で

「よし今度は習ったテクニックを使って、コミュニケーションを良好にしよう」

と考えたとします。

その一時期は改善効果が見られるもしれません。

しかし、99%その効果が長続きしないのです

何故だと思いますか?

テクニックが古いから、

学習の仕方が悪いから、

習う人が間違っているから、

継続して学んでないから、

精神力が弱いから、

どれも違います。

私のクライアントの院長はコミュニケーション研修に職員全員に課し、

その研修を何度も実施してきました。

しかし、研修を受けて2日もすると、もう元に戻ってしまいます。

何度やっても同じ結果です。

こんな事をいやというほど経験した暁に、研修を辞めてしまいました。

諦めた院長は・・・

確かに、成果が上がらない研修に大金を投じるほど経営は甘くありませんから

院長の意思決定は正しいと思います。

それでは、何が原因でしょうか?

我々は、技術や知識の問題ではなく、「人間力」の問題だと考えています。

人には、自覚、想像、良心、意思という4つの人間独自の性質があると7つの習慣の

著者であるコビー博士は言っています。

この4つの性質を駆使すれば、人の内面に変化を起こす事ができます。

しかし、内面に訴えかることが出来ないあらゆる知識・技術は何も行動変化を

与える事ができないのです。だから結果が変わらないのです。

思えば、一般企業は入職時に1ヶ月〜3ヶ月という時間をかけて新人教育をします。

研修期間の間、読む、書く、聞くといった基礎的な事、職場のマナーや報告の仕方、

先輩や上司に対する配慮、仕事に立向かう姿勢、お客さんを迎える姿勢、等等、

様々な事を行って行きます。

もちろん製品の知識等もありますが、多くの時間を費やすのは

「人としてのあり方」についてです。

このような教育を積み重ねて行きます。

だから、人が成長します。

だから、人が創られて行きます。

「人間力」がキーワード

しかし、医療者は残念ながらこのような経験に非常に乏しいのが現実です。

病院という組織体においては、カリキュラムもなければ余裕もありません。

だから、その多くは悪く言えば放置状態が続いて行きます。

だからこそ、自分自身で「人間力」を高める努力をしなければならないのです。

自分自身でリーダーシップをとりながら、自分を成長させることが必要になります。

一見、遠回りのようですが、実はテクニックを習い憶えるよりもよっぽど早道なのです。