透析を受けている多くの患者さんは、ある共通した感覚を持っています。
透析になったら、人生の自由な時間はなくなる。
だから仕事を続けることが難しくなり、趣味や旅行も制限される。
週3回の透析。1回4〜5時間。通院時間を入れれば半日が消えてしまう。
多くの人が、透析とは「時間を失う治療」だと感じています。
しかし、少し立ち止まって考えてみてください。本当に透析は、「時間を奪う治療」なのでしょうか。
時間とは「人生の可能性」そのものだ
私たちは普段、時間を「ただ流れていくもの」だと思っています。
しかし実際には、時間とは人生の可能性そのものです。
人が働くこと、人が学ぶこと、人が誰かと出会うこと、人が社会の中で役割を持つこと、
これらはすべて時間の中でしか起こりません。
つまり時間とは「人生の可能性」なのです。もし時間が制限されれば、人生の可能性も同時に制限されます。
人は時間ではなく、出来事とともに生きている
私たちは普段、時間を「時計の針」で考えています。
朝何時に起きて、何時に仕事をして、何時に食事をして、何時に寝るか。
しかし、人生を振り返ったとき、人が思い出すのは「時間」そのものではありません。
思い出すのは出会い、仕事、挑戦、成長、喜び、そうした出来事です。
そしてそれらはすべて、ある瞬間に生まれます。
つまり、時間とは単なる数字ではなく人生の機会の集合なのです。
誰かと出会う機会、新しい仕事に挑戦する機会、自分の力を発揮する機会、
時間とは、そうした人生の可能性が生まれる場所です。
もし時間が制限されれば、機会もまた制限されます。
逆に言えば、時間の自由が広がれば人生の可能性も広がります。
医療は人生を支えているか?
ここで重要な問いがあります。医療とは何のためにあるのでしょうか。病気を治すため。
もちろん大切です。
しかし、それだけではありません。
医療の本当の目的は人が人生を生き続けることを支えることです。
もし医療の仕組みが患者の時間を大きく制限してしまうなら、
それは人生の機会をも制限してしまうことになります。
医療は、人の可能性を広げるためのものなのか。
それとも可能性を狭めるものなのか。
この問いに向き合うことはこれからの透析医療を考える上でとても重要です。
「生きられる」でも「働けない」―透析医療の矛盾
透析医療は日本では非常に発達しており、
その結果、多くの患者さんが長く生きることができるようになりました。
これは医療の大きな成果です。
しかし一方で、別の問題も生まれています。
それは「生きることはできるが、社会に参加しにくい」という問題です。
透析患者さんの就労率は、一般の人と比べて低い状態が続いています。
これは決して患者さんの能力の問題ではありません。
多くの場合、医療の仕組みが社会と合っていないことが原因なのです。
「もう仕事ができない」は本当か?
透析患者さんの多くが、こう感じています。
「もう仕事はできない」「社会のペースについていけない」「人生の選択肢が減った」
―と。これは決して弱さではありません。
実際に日本の透析医療は長い間、「施設の時間に患者が合わせる」
という構造で運営されてきました。
例えば多くの透析施設では、受付は午後3時頃まで遅くても夜7時頃には終了します。
この仕組みでは会社員はどうなるでしょうか。
仕事を続けることができません。
つまり患者が社会から離脱するしかないという慣習が根付いてしまったのです。
社会の時間と医療の時間
現代の社会は会社、学校、家庭、地域、それぞれが時間によって動いています。
会社員であれば朝仕事に行き、夕方帰宅する。社会はそのリズムで設計されています。
しかし透析医療の多くはいわば「昼間の医療」として設計されてきました。
すると何が起きるでしょうか。
社会活動の時間と医療の時間がぶつかるのです。
その結果、患者さんは「透析を続けるために社会活動を諦める」という選択を迫られてしまうことがあります。
しかし本当にそれが唯一の形でしょうか?
ここで一つの問いがあります。
透析患者が社会から離れなければならないのは医学の問題でしょうか?
それとも医療の仕組みの問題でしょうか?
この問いはとても重要です。なぜなら、もし後者であればそれは可変領域だからです。
つまり答えは変わるのです。
多くの医療システムでは「医療側の都合」で時間が設計されています。
しかし本来、医療とは何のためにあるのでしょうか。
それは患者が自分の人生を送るためです。
もし医療の仕組みが患者の人生を制限しているなら、そこには見直す余地があります。
30年前、タクシーの車窓から見えた答え
今から30年前、私は福岡空港に降り立ちました。
そして、福岡空港から市中にタクシーで移動していた時のことです。
黄色い看板の歯科診療所が目に入りました。
そして、その診療所の看板には、「24時間診療、土日も診療可能」と書いてありました。
その時、本当に驚きました。
その時、歯科診療所ができるのに透析クリニックはなぜ一律に昼間だけなのか、
といった思いがよぎりました。
これは医学の問題ではありません。
時間を変えるだけで、社会の活動を継続することができる、そして、生活の質も上がるはず……。
これが、私たちオアシスメディカルが夜間透析を始めたきっかけでした。
患者の時間に合わせて透析の時間を設計するのです。すると、何が起きたでしょうか。
多くの患者さんが仕事を続けることができたのです。
これは実際に人生の可能性を取り戻す変化でした。
医療の設計は変えられる
ここで一つ、重要なことがあります。医療は人間が作った仕組みです。
仕組みは変えることができます。
透析という治療そのものは変えられない部分があります。
しかし透析の受け方は変えられるのです。
透析患者さんが失っていると感じているもの……。
本当に失われているのは時間の主導権です。
これを手にしたとき、透析は人生を奪う治療ではなく、人生を支える仕組みに変わります。