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櫻堂 渉 について

医療経営戦略研究所 代表 日本大学大学院グローバルビジネス研究科 講師 日本薬科大学 客員教授 全国腎臓病協議会 顧問

リーダーが陥る罠

リーダーが陥る罠

 あなたは、「リーダーシップとは?」と質問されて

どのように答えますか?

リーダーは自ら組織を引っ張ってゆく人。

そうでしょう。

リーダーは、常に敏感に状況を察知する人。

確かに。

リーダーは、危機を回避し組織を安全に保つ人。

なるほど。

リーダーは皆の模範となる人。

凄い。

リーダーは、人として尊敬出来る人格をもっている人。

神でしょうか?

でもどうでしょうか?

これを全て持ちあわせているリーダーはいるでしょうか。

多分いないでしょう。

しかし、職員は完璧なリーダーを期待します。

主任であれ、マネージャーであれ、師長であれ、技師長であれ、医長であれ、院長であれ、

部下は皆、出来るだけ完璧なリーダーを求めがちです。

職員はリーダーに多くの望みすぎるのです。

部下は完璧を求めるもの

しかし、それは理想にすぎません。

現実的には、アップルの創始者のスティーブジョブスも欠陥人間でした。

GEのジャックウエルチも欠陥人間でした。

(いや、悪いという事を言っているのでは有りません)

つまり、人として完璧では有りませんでした。

リーダーは人間です。だから欠陥もあるでしょう。

それが人間だからです。

それでも、期待されているのです。

いやはや、部下を持つということは大変ですね。

完璧は無理、しかし合格ラインはとりたいものです。

リーダーが合格ラインに入るためには、

どうすれば良いのでしょうか?

あなた自身で考えてみて下さい。

往往にして、リーダーが期待に応えられないことがあります。

何故ならば、時に独りよがりになるからです。

他人の意見に耳を貸さないからです。

 自らリスクを与えてしまうリーダー

そして、本来のリーダーとしての責任を果たすどころか、組織にリスクを与えてしまう事がよくあります。

その原因は、自分のいる組織の特殊性や業界をことさら強調するという思考態度からきています。

この思考習慣こそが間違いです。

これは、誰もが陥るリーダーの罠です。

実はこの罠が根深いのです。

例えば、こんな事はないでしょうか?

リーダーシップの本を読んだり、人の意見を聞いたり、著名リーダーの話を聞いたりする

その時に必ず出てくる反論があります。

いえ、決して反論が悪いと言っているのでは有りません。

人の意見を批判的に吟味する事も非常に重要な思考態度である事は間違い有りません。

いや、言っている事はわかるけど、

うちの病院とは地理的な条件が違うからあてはまらない。

いや、わかるけど、業界が違うから参考にならない。

いや、時代が違うから全く活用の余地がない。

こんな、反論が多い事多い事。

私もクライアントと仕事をしてきて、こんな事ばかりでした。

しかし、このような思考態度を持てば持つほど、

あなたの中に新しい情報や知識が入ってこなくなります。

何故ならば、他人の意見を拒絶することによって、

自分を守ろうという気持ちが強くなるからです。

この時、リーダーは常に一人称で考えてしまっているのです。

組織のリーダーではなく、あなた自身を守ろうという思考に陥ってしまいます。

例えば批判的な指摘を受けた時に、個人として対応しようとしてしまう。

リーダーこそ勉強が必要

リーダーが間違えない何てだれが言いましたか?

リーダーは間違えます。何故なら人間だから。

しかし、出来るだけ間違いの確率を減らす努力をしなければなりません。

ですから、人の意見を聞く、他の業界の成功事例を聞く、本を読む。

これがとても重要なのです。

だから、リーダーは勉強し続けなければなりません。

何故か?それは先ほど言った通りですが、様々な情報の中から吟味し、

組織を安全な方向に導くためです。

そのためには、人から聞く事例、講演、本、他の業界の成功事例から、

自分の組織に活用出来るものは何か?

という思考態度を持つ事が非常に重要になります。

何故なら、言い換えれば勉強や情報収集というのは、

様々な参考材料を収集するということに他ならないからです。

あなたの組織に活かすための参考材料を収集するということがリーダーの仕事です。

トップから現場の主任まで、

グループリーダーまでもが参考材料を収集しなければなりません。

例外事項だけを並べたてればたてるほど、参考になる事が減ります。

自分の経験だけで語ろうとする。

リーダーが陥る危険な罠です。

どんなことであっても、些細なことであっても、その中から得られる参考材料を選択し、

教訓を読み取るという心的態度を持ち続けましょう。

 

悩み続けるリーダー

一般的に、新入社員から管理職、そして上級管理職と出世を続けるうちに

否応無しにリーダーとしての様々な経験をして行きます。

好きであろうが嫌いであろうが、事情が許してくれません。

その間に様々な悩みを抱える事になります。

上司との関係性、部下との関係性、他の部門との関係性。

これは、一般企業であれ、医療機関であれ、この経過は全く同様です。

もし、あなががリーダーならあるとき悩むはずです。

何故、部下は思った通りに動いてくれないのだろうか?

何故、上司は私の事を認めてくれないのだろうか?

何故、他の部門はうまくいっているのに、

自分の部門だけうまく行かないのだろうか?

何故・・・・・・・。

こんな悩みが常につきまとっているはずです。

そして、何とか対応しようとする。努力する。しかし、うまくいかない。

また努力する。しかし、うまく行かない。

そして挙句の果てになかったことにする。

うまくいかないのは、自分のせいじゃない。

それは部下のせいだ。

それは患者さんのせいだ。

その結果、状況を放置するようになります。

「何とかなるさ」と投げやりになる。

そうすると、結局悪い状況は一向に治らないばかりか

悪循環を繰り返すだけになります。

事態はこじれて行きます。

あるいは、悪い状態が当たり前になっていきます。

悪い状況に直面している事に対して無関心になります。

そして組織は硬直化してきます。

クライアントと仕事をするなかで、いくつもの組織がこのような状態になっているのを

目の当たりにしてきました。

このような状態は徐々にそして確実に組織を浸食してくるのです。

そして気がついた時には、時既に遅しです。

「櫻堂さん何とかしてください!」と頼まれたのも1度や2度ではありません。

そのとき、私がどのように答えたかを話しましょう。

私の答えは、「即効性のある方法はありません」です。

何故なら、私の経験上90%はリーダーに問題があるからです。

あなたの行動が、いまの結果を生んでいるのですから。

良いですか?「あなたの行動」です。「部下の行動ではありません」

結果を変えたいと思ったら、あなたの行動を変えるしかないのです。

行動を変えない限り、結果は変わりません。

但し、行動を変えたからといって、結果がすぐに変わるわけではありません。

いつやるの?→今でしょ!とはならないのです。

闇雲に行動しても、徒労に終わるのがおちです。

人間には考えるという能力があります。

人間は考えるから成長する。

考えてから行動に移すから成功確率が上がるのです。

仕事というのは言い換えれば、

いかに成功確率を上げて、望む結果を手に入れるか?という行為に他なりません。

いま、ちょっと我ながらいいこと言ったと思いました。(笑)

つまり、成功確率を上げるという事は、戦略的に行動するという事に他なりません。

何故、成功確率という言い方をするかというと、あなたの時間やお金には限りが有るからです。

だから、確率を高めるしかないのです。

しかし、ここはあまり理解されていません。

一生懸命仕事することが良い事。

確かに良い事でしょう。(怠けるよりは)

長時間仕事をすること。

確かに良い事でしょう。(不十分に仕事するより)

しかし、リーダーの仕事を「成果を上げる事」と定義したとたんに

一生懸命、長時間というのは意味をもたなくなります。

リーダーの最大の資源は思考力と行動時間です。

あなたの時間を如何にうまく投入するか?活用するか?という事に尽きます。

そうそすると、先ほどのようにハードに働けばいいと勘違いする人がいます。

長時間働こうが、同時並行的に仕事をこなそうが、決していい結果は生まれません。

むしろ、考え続けるという外側からは見えない行為こそが極めて重要なのです。

人はかたちに見えることをやりたがります。達成感があるからです。

しかし、リーダーの仕事はかたちに見え難いのです。

そして、その結果は後から確実に表に出てきます。

結局、リーダーの仕事はごまかしがきかないのです

考え続ける忍耐力が重要なリーダーの条件です。

状況対応しなければならない業務をこなしているだけでは50%です。

残りの50%こそがリーダーの仕事のはずです。

思考する時間、しかも考え続ける忍耐力がリーダーの条件です。

リーダーシップのウソ

未来はリスクまみれの中にある

日本は大きく、また困難な転換期のただ中にあります。

JR北海道のレール異常の放置とそのデータの改ざん、カネボウ化粧品の白斑事件、

みずほ銀行による暴力団への融資事件、

一流ホテル・百貨店で相次いだ食材・メニュー虚偽事件など昨今の企業をめぐる不祥事の数々、

ビジョンを欠いた場当たり政治などでの「リスクマネジメントとリーダーシップの不在状況」を見れば、それは明白です。

このような事態を見ると、何か見えてきませんか?

組織の心理です。以前流行した言葉の中に「空気を読めない人」=KYという言葉がありました。

組織心理の中に同調性という言葉があります。

人は判断に困った時に他人の行動や言動を参考にして同調するという事です。

ここに根本の欺瞞の温床があります。組織の和を重んじるがあまり、リーダーが決断と行動を誤る

ことは枚挙にいとまが有りません。

コミュニケーションのうそ

KYを避ければとりあえず、波風立たない。何となくうまくいっているという誤解が生じます。

波風たたないのがコミュニケーションと勘違いしているのではないでしょうか。

たとえ表面的にはとりつくろっていたとしても、人や世間を騙せるのは一瞬です。信頼を損なうのも一瞬です。

よく人間関係やコミュニケーションをどのように改善するかという問題提起があります。

その多くは極めて表面的で薄っぺらなノウハウです。

ここで断言します。コミュニケーションほど難しいものはないと。

一瞬でコミュニケーションを築く等をうたっているノウハウ本、うそです。あり得ません。

何故なら、本質的な人間関係は、信頼の上に成立する物だからです。

信頼は一朝一夕にはできません。じっくり時間をかけて試されながら築くものです。
熟成といっても良いかもしれません。

私のクライアントで、マネジメントが非常にうまくいっている透析病院がありました。

部下は毎月の研修と改善活動で、みるみる成長してゆきました。

患者さんも増え、病院は成長軌道にのりました。

しかし、ほどなく職員から不協和音が聞こえてきました。

それは、職員が学習し行動を修正したものの肝心のリーダーが全く行動を変えていないという事への不満でした。

最初はちょっとしたリーダーへの不満でした。しかし、それが堆積すると不信感につながりました。

部下は日々学習をして人間的にも向上しました。しかし、リーダーは部下が優秀であればマネジメントはうまく行くと考えたのでしょう。

ここが大変な誤りでした。現状にあぐらをかいてい現場調整だけをしていると

いずれ、組織に綻びが生じてくるという事です。

断言できるのは、安逸な日々など存在しないということです。

先ほどの、企業の不祥事について透析を含めて多くの医療関係者は、依然として「対岸の火事」といった認識にとどまっているように思えてなりません。

「愛・平和・成長の反対は悪・戦争・退化などではない。それは無関心だ」という言葉がありますが、

私たちは時代の変動に対して無関心、無感動になっていては未来へのトビラを開くことはできないのです。

今こそ、リーダーが行動を起こす時なのです。

ホスピタリティを高めるコツとは

簡単に職員を採用してはいけない。

ホスピタリティという言葉を知っていますか?ホスピタリティの語源はホテルであり、世界最古の病院と言われる病院はホテル(現在のホテルと当時のホテルは違いますが)からスタートしています。つまり、ホテルとホスピタルのルーツは同じという事です。ホテルもホスピタルもその本質はホスピタリティにあるということです。

私はホテルのサービスが病院のサービス向上の参考になるだろうと予測したのも、ホスピタリティが原点にありました。一流ホテルを研究対象に選択したのは正解でした。サービスは人を介してお客さんに届けるものです。

サービスは無形なものです。形がありません。

人を介してサービスが顧客に届けられます。

つまり、建物やシステムがどれほど良くても、「人」がよくなければ届けるサービスは限界があるという事になります。

良いサービスを作り上げるのはやはり「人」が極めて重要ということです。

まあ、当たり前と言えば当たり前です。

よく「人作り」という言葉が有る通り、人を育成する事はとても重要な事です。

しかし、本当に人作りが出来るのでしょうか?恐らく出来る場合も有るでしょう。

その一方で、手間ばかりかかり、期待した結果にならないという事はよく有る事ですし、管理者のほとんどは人の悩み、部下の悩みで終始しているのではないでしょうか。

医療機関の悩みもこれと同じです。

より良いサービスの作り方

それでは、より良いサービスを提供するためには何を、どうすれば良いのでしょうか?

例えば、以前ザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニーの当時の日本支社長、高野登さんとお話しする機会があり、その中でどのように最高品質のサービスを作り上げているのか、その秘訣についてうかがったところ

その答えを要約すると、

人を採用した後で育成するのではなく、採用時に適切な人を採用し、そして適切に教育し、育成するということで最高のサービスを作り上げているということでした。

なるほど、医療機関の場合はとにかく看護師不足、医師不足ですからとりあえず、最初に頭数をそろえようという意志がはたらきます。それから、玉石混合ですがそこから育成し一人前にするという方法が一般的でしょう。

これが間違いだと言うつもりはありませんが、組織目標が大きければ大きいほど、管理職の悩みは計り知れないという事態になることは確実です。

だから、病院管理者の一番の悩みはと聞くと、そのトップは「人の問題」と答える人が圧倒的に多いのが現実です。

その結果どうなりますか?人が少なかった時よりも、職員間のトラブルが増え、患者さんからのクレームが増え、サービスのレベルは低下し、その結果管理者のあなたはストレスが増え続ける。

それを変えようと躍起になり、その部下を呼んで注意し、そしてまた注意し、そしてまた注意する。

しかし、事態は一向に改善しない。

最初は人が少ないと文句を言っていた職員達は、手のひらを返すように、「何であんな人採用したのですか?採用する方が悪い。本当に人を見る目がない」と言いたい放題の状態に。

こうなると、あなたのストレスは頂点に達します。

現場は「あれほど人が少なくて困ってると言ってたじゃないか?」と

このような状態に陥ると、出口がないように感じてしまいます。

つまり、職員の頭数を満たすという考え方では無く、よいサービスを作り上げるために、相応しい人を採用するというように、考え方を変える必要があるのではないでしょうか。

 

恥ずかしい人達の行動

人は自分の都合の良いように言葉の意味や概念を解釈しがちです。それが問題を根本的に解決できない原因になっていることが少なくありません。

抽象度の高い言葉というのは、非常に便利です。便利だから使う→人によって解釈が異なる→誤解が生まれる→成果が上がらない。このようなループを生み出します。

だから仕事が進まないという結果になってしまいます。

例えば、シナジー(相乗効果)という言葉があります。相乗効果は理屈としては簡単そうに見えます。そして、少しこの言葉を使うと頭が良さそうに見えます。

でも、意味も考えず、簡単に使う事は「単なる自己満足にすぎない」ということを判ってもらいたいと思います。

シナジーという言葉の例ですが、よく新聞で話題になる企業の合併。そう、理屈はお互いの得意分野を活用すると相乗効果が生まれ大変な成長が期待できるというのが最初の動機です。

つまり1+1=2ではなく3にも4にもなり得るという理屈です。

理論的にはとても素敵ですね。しかし、これは期待以外の何ものではなく、現実的に多くの場合はうまく行きません。

うまく行っているという話は表面的な物でその実ほとんどはうまく行っていません。

中身の無い人と思われる恥ずかしさ

もともとの発想や狙いが相乗効果にあったのではなく、合併相手の資産や、ビジネスモデルが狙いということも散見されます。

何が言いたいのかと言いますと、使うのは簡単な言葉ですがその実現は困難で、成功している例がない。こうなりますと、その言葉を安易に使うと、その人の意見そのものも非常に薄っぺらな人と解釈されます。

本人はカッコいいと思っていますが、実は良く判っていない。こんな人をいじるの結構簡単です。「ところでシナジーって、具体的に何?」と聞けば良いのです。

「シナジーは相乗効果のことだよ」と答えるでしょう。

「いや、その相乗効果というのは具体的にどんなこと?」

これを繰り返してゆくと、実は具体的には判っていない事が判ってきます。

だから、この言葉を使っている人は、横文字ばかりで、カッコつけてる割に、たいした事の無い人中身の無い人という印象をもたれてしまいます。

ここは気をつけなければならないところです。

Win‐WINの本当の意味とは?

もう一つ注意する言葉があります。医療人もよく使う「Win‐WIN」という言葉。今、日本でもっとも誤解、誤用、乱用されている言葉ではないかと私は思っています。単に金銭的、利権的な関係といった非常に表面的な感覚で安易に意味を捉えている人が多いのです。

「あなたが儲かり、私が儲かるので、両者ハッピー」何かこんな安逸なイメージがありますね。

しかし、この言葉を世の中に広げたのは、「7つの習慣」の著者のs.コヴィー博士です。

コヴィー博士が言っているWIN-WINの本質は利益以上の社会的な意義や価値に基づいた行動のことを言っています。

このまま本当の意味を知らないで表面的な思い込みで使っていると、大きな間違いに陥るのではないかと、私は心配です。先ほど同様に「恥ずかしい人」になってしまいますので要注意です。

医療者と患者さんの関係で考えてみましょう。医療は医療者-患者の協働作業によって成り立つものですが、その協働作業が実際にはスムーズに機能しているといえないところがあります。

それは、医療者がもっぱら個々の技術論と知識だけで患者さんに対応しようとしているからではないでしょうか。

たとえ技術と知識はあっても、提供する組織や人に思いやり、苦痛をいたわる気持ち、また「この患者さんにどんな人生を送ってもらうのが一番いいのか」といった医療人の人格総体から発する深く、また高いレベルでの対応ができなければ、決して患者さんが満足する質の高い医療(チーム医療)にはならないのです。

そうではなく、患者さん一人ひとりに謙虚に、忍耐強く対応し、そして思いやり、その人に最適な医療を見つけて提供すること。これこそが本当の「Win‐Win」の関係であり、患者満足の実現だけでなく、医療人がやりがいなど満足感・充実感を持てる医療を実現できるはずです。

こんな事を考えています。

患者さんが必要としているたった2つのこと

現代は激しい変化の時代であると同時に、「個」と情報の時代です。

そこでは、顧客の個別性に着目したマーケティング戦略が必須です。

とりわけ医療では、患者さん一人ひとりの個別性に着目した思考と実践が求め

られます。

なぜなら、医療の原点は「個別性」にあるからです。

こと医療に限って言えば、同じ医療サービスを提供しているわけではありません。

患者さんごとに微妙に異なる症状や状態に合わせて、医療サービスを提供して

いるのです。

その一方で、透析施設では、システム化が進めば進むほど、「個」ではなく

業務思考陥りがちになります。

これを読んでいるあなたも、思い当たるふしがあるでしょう。その結果、時として

「こなし仕事」になってしまいます。

システム化とこなし仕事

確かに、システム化がすすめば、あまり考える必要がなく、定型化された業務を

こなしていればOKという気持ちになるのは当然と言えば当然です。

業務の流れの中で習慣化された行動をとってゆけばよいと考えがちです。

しかし、ここで少し考えてほしいと思います。

業務として扱われる患者さんのことを考えてみて下さい。

あなたが、患者だったらどう思いますか?

この感覚はとても重要です。

マーケティング戦略を立案する時に、顧客の立場になって考える事が極めて

重要なのです。

なかなか、逆の立場で物を考えることがないので、この機会に想像してみて

ください。

それでは、同じ施設で透析を受けている2人の患者さんのケースをもとに考

えてみましょう。

実はこれは現実のケースです。

2つの患者ニーズ

施設とスタッフに求めていることを実在の患者さん2人に尋ねたところ、

Aさんは、合併症予防と専門病院など他施設と連携して適切な医療を提供して

ほしいということ、

そしてスタッフたちの透析についての質の高い知識・情報、穿刺など診療の

優れた技術でした。

一方のBさんが期待しているのは、スタッフの好ましいとコミュニケーション、

気持ちの良い対応でした。

2人ともインテリジェンスに富んだ方ですが、答えは全く違っていたのです。

つまり、同じ透析患者でも「安心・安全のメディカルニーズ」と

「快適性・アメニティなどのヒューマンニーズ」と、医療サービスに対する2人の

ニーズの重点は異なっているのです。

ここでしっかり理解しなければならないのは、透析をはじめ慢性疾患に対応する

医療現場は、患者さんの日々の生活を支える、

このメディカルニーズとヒューマンニーズの両方同時に応えていく必要があるということです。

やさしいフランス人

一昨年の事ですが、フランスに視察に行き、パリの透析施設を訪問した事がありました。

その時、医師や看護師がものすごくフレンドリーに患者さんに接しているのを見て、

感動しました。

フランス人ですからどちらかと言うと、ツンとすましていてクールな対応かと

思っていましたが予想に反して、実にフレンドリーな対応でした。

この例で言えば、ヒューマンニーズにきちっと応えているということになります。

多くの医療者はメディカルニーズに応えていれば良いと考えがちですが、

決してそれでは患者さんの満足は得られません。

どちらか一方ができていれば問題ないと考えている医療人がいますが、

それでは患者さんのニーズ全体の半分しかカバーできない、半分しか満足して

もらえないのです。

それでは医療の質としては、全く不十分なのです。

「個の時代」の施設として医療人として、どう応えていくかが問われているのだと思います。

 

スタートアップ

ここ、2年ほどソーシャルメディアから遠ざかってきた。

私に関係する方々からは、「櫻堂さんブログやりなよ』というアドバイス

を散々もらっていた。

しかし、どうも気が乗らなかった。かつてツイッターの経験からどうも

ソーシャルメディアは私には不向きな感じがしていた。

じゃあ「何故、ブログなのか」という話だが、多くの人が私のアイデアに

賛同してくれるのか?

あるいは、否定されるのか? 試してみたくなったからだ。

もし仮に否定されたとしても、否定されたところから始まるのではと

思い始めた。これが、大きな理由だ。

それと、更に自分なりの理屈を加えれば、仕事柄様々な人にお会いする。

その方達について、許される範囲で間接的に「ありがとう」を言いたい。

こんな凄い人がいたことを知ってもらえたら良いと考えている。

それは、恐らく多くの人の参考になると思うからだ。

まあ、あまり肩肘張らずに自分の考えをメッセージとして伝えて行けたら

と思う。

さて、ブログの暖機運転を開始しよう。